断崖が続く喜望峰、味も景観もすばらしいワイナリー、手軽に楽しめるサファリツアーなど、南アフリカ共和国(以下南ア)の観光資源は枚挙にいとまがないが、南アの魅力は自然美だけではない。様々に異なる人々が共に暮らす姿もまた、この国を特徴付ける大切な魅力のひとつだ。南アの多様さを確かめたく、2つのコンサートを訪ねた。(岩崎有一) ケープタウン近郊の町カエリチャは、新築ラッシュが続き、新しいビジネスの機運があちこちで感じられるタウンシップ(旧黒人居住区)だった。では、他のタウンシップの状況は、どうなっているのだろう。私は、ケープタウン周辺で最も古いタウンシップのランガを訪ねた。 ランガを案内してくれたのは、ケープタウンのある南アフリカ西ケープ州政府に勤務する、ファツだ。タウンシップをより深く知りたいと相談したところ、ファツはランガを訪ねることを提案してくれたのだった。州政府前で待ち合わせた彼女を車に乗せ、私たちはランガを目指した。
「今日は、私と、もう一人、ランガに詳しい人に来てもらうことになっています。彼とはランガで落ち合う予定です」 車中でそう話したファツは、しばらくの沈黙を挟んで、話を続けた。 「私は……、これまでに一度も、タウンシップを一人で訪ねたことはありません。必ず、その地をよく知る人とともに訪ねるようにしてきました。タウンシップが危ない、と言うつもりはありません。でも……。」 ケープタウン周辺で私は感じた生まれ育ち、ケープタウン大学を卒業したファツは、そう話して口ごもった。「でも……」の後を受けて、私はなにか応えようとするも、ふさわしい言葉がすぐには出てこなかった。タウンシップが危ない場所だとは言いたくない。しかし、安全だと言ってしまうには不正確に過ぎる。ファツの沈黙は、タウンシップの姿を正確に伝えたいがゆえのものだったのだと思う。 私たちがランガの中心部に着いて間も無く、一人の男性が合流した。クリストフだ。 「私のフィアンセです。ランガで生まれ、今もランガに住んでいます」 クリストフを私に紹介しながらファツの表情が、少しやわらぐ。ファツとクリストフがまず私に紹介してくれたのは、職業訓練施設だった。
シナコ・センターは、リーダーシップ養成と技能習熟をはかるため、2011年に設立された民間の施設だ。調理技術、アクセサリ作成、プログラミング、靴の制作など、複数のコースが運営されている。現在、その中核となっているのが裁縫コースだ。訓練期間は2ヶ月。基本的な算術の学習も、同コースに含まれている。 「仕事のない人にとって、スキル(を得ること)が、最も重要なことです。裁縫コースを卒業したほとんどの人が、何らかの職を得ることに成功してきました」 裁縫コースのマリー代表は、そう話して胸をはった。しかし、シナコ・センターの運営は、厳しい。
「裁縫コースには4人の先生がいますが、充分な給料を支払うことができていません。教室として使っているこの場所も、もっと広ければ、より多くの人たちに対応することができますが、その資金がありません」 ミシンが並ぶ裁縫コースの教室の壁に貼られた、今後拡充が計画されている各教室の完成予想図を指差しながら、マリー代表は話を続けた。 「西ケープ州政府からの支援と、有志からの寄付でここまで続けてきました。資金があれば、裁縫以外のコースについても拡充していけるのですが、まだまだ途上の段階です。このプロジェクトをこれからも続けていけるよう、各方面からの支援を求めています」
次のページ: シナコ・センターを後にした私たちは…