ランガにおいても、現在は、粗末な住居から新しい住居へと建て替えが進められている。「RDPハウス」「RDPフラッツ」と呼ばれる、政府が建設した新しい住居が、ランガにはいくつも見られる。 RDPハウスとは、アパルトヘイトが終わり政権を担うこととなったANC(アフリカ民族会議)が推し進めたReconstruction and Development Programme(復興開発計画)の一環として、政府が貧困層に向けて建設した住居のことだ。戸建てのケースも、集合住宅のケースもある。忌まわしいホステルや、カエリチャに見られたSHACK(小屋)と呼ばれる粗末な住居は、少しずつ減り始めている。
ランガを紹介してくれたクリストフは、RDPフラッツの一室にある実家の室内を、私に見せてくれた。 室内は広く、6畳ほどの部屋が4つと、台所を備えたリビングが一つ。外見は、日本の公団住宅の佇まいによく似ている。水道も完備。室内も建物の周辺も、実に整然としていた。 戸建て住宅のRDPハウスにおいては、同じ作りの家屋が延々と続く。こちらもまた、日本の住宅の風景が想起されるものだった。
鏡写しのような風景が続くRDPハウスの家並みを説明しながら、クリストフは、その先を指差した。 「あのあたりが、RDPハウスが終わる境目です。あそこから先で写真を撮るのは難しいけれど、ここからならば大丈夫。」 彼の指の先には、トタン板から成るSHACKが延々と続く風景があった。 「家の立て直しを進めても、タウンシップにやってくる新しい居住者の需要には、まだまだ追いついていません」 クリストフは、険しい表情で、そう話した。
間を置かず、ファツが話をつないだ。 「政府は、タウンシップでの生活を改善すべく、動いています。しかし、その改善は、政府の働きだけでは到底成し得ません。先ほど見た職業訓練のような住人の努力もまた、欠かせません。政府と住人がともに努力することが、大切なのです。」 どれだけRDPフラッツを建てても、住人に生活の糧が無ければ、RDPフラッツはいずれ、不安定なスラムとなってしまうだろう。ランガを訪ねることで私は、ファツが話す通り、住民と政府双方の向上心の維持が、タウンシップ改善に向けた不可欠なポイントだと感じた。
私は、後になって、ランガで出会った人々が語る言葉には、ひとつ共通項があったことに気づいた。それは、何かを恨んだり、何かのせいにして現状を語る言葉が、誰からも、何ひとつ聞こえなかったことだ。ファツとクリストフにおいても、同様だ。 タウンシップの存在そのものも、なかなか職にありつけない状況が続いていることも、以前著しい貧富の差があることも、そもそもは、タウンシップに暮らす人々自身に原因があるわけではない。南アが過去に摂った政策や現在の社会構造、南アにとどまらないアフリカ地域全体の情勢など、自分の力ではどうにもならならない要因が、多分に含まれている。あんな時代さえなければ、こんな不公平な世の中でなければと、憎まれ口のひとつふたつぐらい出てきても、当然だろう。 私がここで聴いた声が、必ずしも南アの大多数を表すものではないとも思っている。それでも、彼らが発する声に、何かを取り繕ったものは一切感じられなかった。恨み節を口にしたところで何も変わらない。過去を静かに受け入れ、現状に目を凝らし、前に向かって進むしかない。私が出会ったランガの人々の言葉には等しく、清々しさがあった。 目が回りそうなくらいの多様さを内包したこの南アフリカで、アフリカ最大の観客数を誇る音楽祭が、年に1度開かれている。タウンシップを訪ね終えた私は、ケープタウン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバルを取材した。次回、「南アフリカで聴く虹色の歌声」シリーズの最終回。(つづく)
<岩崎有一/ジャーナリスト>
アフリカ地域に暮らす人々のなにげない日常と声と、その社会背景を伝えたく、現地に足を運び続けている。1995年以来、アフリカ全地域にわたる26カ国を訪ねた。近年の取材テーマは「マリ北部紛争と北西アフリカへの影響」「南アが向き合う多様性」「マラウイの食糧事情」など。Keynotersにて連続公開講座「新アフリカ概論」を毎月開催中。2005年より武蔵大学メディア社会学科非常勤講師。
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