■二人の日本人 須永元と宮崎滔天が残した言葉
晩年の金玉均と親しく交わった二人の日本人が残した言葉に、そのヒントがある。金を師と仰いだ慶応大学学生の須永元と、まだ20歳すぎだった宮崎寅蔵、つまり後に孫文を支えて中国革命を支援する宮崎滔天である。二人とも、当時はまだ無名の若者だった。
須永元に宛てた金玉均の手紙には、こんな一節がある。「今、東亜細亜の大勢ただ清と日本、互いに開鍵を持す、太平、騒乱は均しくこの両国の和隙に係わる」。日本と清国が戦争に至るか、それとも安定した関係を築くか。それが東アジアの今後の情勢を決めるだろうということだ。また、宮崎滔天の回想にはこうある。金玉均は「日支鮮三国の攻守同盟を策して…之によりてその祖国たる朝鮮をして日支両国争奪の危局より脱せしめ…東亜百年の大計を確立しよう」としていたのだ、と。
私はここに、「三和主義」の真意を見たいと思う。おそらく彼は、朝鮮をめぐって争う大国のいずれかに頼って祖国を救うことはできないと気付いたのではないか。そして日清両国の朝鮮争奪を停止させ何らかの形で安定した和平の枠組みをつくり出すことが、祖国の独立を維持し、改革を始める上での「前提条件」なのだと考えるに至ったのだ。さらにはそれこそが「東亜百年の大計」につながるのだと。だからこそ彼は、その機をつかむために李鴻章との談判に賭けた。
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