■北東アジアの和平構築こそが、朝鮮半島に暮らす人々の現実を「前」に進める前提条件
だが覇権争いの対象である朝鮮の、さらに「逆賊」である彼にとって、それは無謀な賭けだった。1894年3月28日、彼は43歳で命を失った。その4か月後には日清戦争が勃発。朝鮮全土がその戦場となり、さらにその16年後には、日本が朝鮮を併呑する。
その後の複雑な歴史の流れの果てに今、朝鮮半島は南北に分断されている。事態は冷戦後、さらに複雑になった。
だが、この地域をめぐる地政学的な条件は、金玉均の時代と変わらない。つまり、軍事的緊張が高まれば高まるほど、この地域の人々の運命を決定する権利は戦争の主体となり得る周辺の大国に奪われ、「軍事」がもたらすツケはこの地域の人々に押し付けられるということだ。韓国の民主化が困難な道をたどったのも、この構造があったからだ。
民主化運動に出自をもつ文在寅政権は、発足以来、薄氷を踏むような慎重さで多国間外交を進め、ようやく今、南北、米朝首脳会談の入り口までこぎつけた。彼らが向き合っているのも、この地政学的条件だ。危機の構図は日清戦争時とは異なるが、その帰結は変わらない。
だからこそ、韓国が主導してまずは緊張緩和を進めていこうとしている。北東アジアの和平構築こそが、朝鮮半島に暮らす人々の現実を「前」に進める前提条件だと、文政権は考えているはずだ。
日本はどうするか。日本も依然として「東亜細亜の大勢」を左右する「開鍵」を握っている地域大国の一つであろう。その鍵をどのように使うか。「東亜百年の大計」がかかっている。
加藤直樹(かとう・なおき)
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経て現在、編集者、ノンフィクション作家。『九月、東京の路上で~1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)が話題に。近著に『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)。