■個人独裁の要「十大原則」
北朝鮮には、憲法も労働党規約も超越する最高綱領が存在する。「党の唯一的領導体系確立の十大原則」(以下「十大原則」)である。
「十大原則」は北朝鮮に暮らす人ならば知らぬ者なく、誰もが学習を強いられて「十大原則」に基づいて生きることを求められる。労働党員は全文をくまなく暗記させられる。しかし、「十大原則」は実質的に対外秘とされており、北朝鮮の公開メディアには、私の知る限り一切言及がない。
「唯一的領導体系」とは、たった一人の領導者だけが北朝鮮社会をあまねく指導し、あらゆる決定権限を持つとするシステムである。要するに、全国民、全組織に絶対的で徹底した忠誠と服従を強いるために作られたシステムであり、「十大原則」は、まさに個人独裁を担保・貫徹するための規約である。
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「唯一的領導体系」が、民主主義、社会主義とはまったく無縁の、むしろ反対の極にあることを北朝鮮政権自らが明文化したのが「十大原則」だ。そのため、北朝鮮政権はこれを外部の眼から徹底して隠してきたものと思われる。
北朝鮮という独特な一人独裁体制の本質を知るためには、この「十大原則」の理解が欠かせない。しかし、北朝鮮の官営メディアにはその影も形も出てこないため、日韓の研究者、ジャーナリスト、外交官は、存在を知りながらも、北朝鮮社会における「十大原則」の重みと運用について軽視してきたきらいがある。
「十大原則」には「前身」がある。1974年に策定された「党の唯一思想体系確立の十大原則」(「旧十大原則」)である。言うまでもなく、金日成時代に作られたもので、これをベースに、金正恩時代に合わせて2013年6月に新たに策定されたのが「十大原則」だ。
アジアプレスでは、「十大原則」の原本を北朝鮮国内の取材パートナーに依頼して2014年に日本に搬出した。したがって、ここで紹介するのは、完全に原本に基づく日本語訳である。
この連載では、長文の「十大原則」を分割して全文を掲載し、合わせて読者にわかりやすい解説を付していく。第一回目は前文である。(石丸次郎)