前回に引き続き、「党の唯一的領導体系確立の十大原則」の条文を紹介するが、その前に、1974年4月に策定された旧「十大原則」と、金正恩氏に合わせて改訂された新「十大原則」の違いについて、すなわち変更点について説明しておきたい。今回は思想と体制・制度の二点について。
1思想
・旧「十大原則」で「金日成の革命思想で全社会を一色化する」という核心部分が新「十大原則」では「全社会を金日成-金正日主義化する」と置き換えられた。金日成の創始した主体革命思想を金正日が全面的に体系化し、先軍思想を加えて指導思想として並列されたわけだ。
2体制・制度
旧「十大原則」にあった「共産主義」「プロレタリア独裁」という用語が消えた。代わりに自らの制度を「我われ式社会主義」と称している。これは、憲法や労働党規約、メディアの中の用語の扱いでも従前から始まっていたものである。
「共産主義」「プロレタリア独裁」を引っ込めた理由としては、東西冷戦の終結で国際共産主義運動が消滅したこと、北朝鮮自身が90年代後半の「苦難の行軍」と呼ばれる一大社会混乱の中で、大量の餓死者を発生させてしまったこと、さらに計画経済が完全に行き詰まり、衣食住を国民に等しく保証するという共産主義の理念が破綻してしまったことなどが考えられる。マルクス・レーニン主義に基づく伝統的な共産主義、社会主義との決別を、新「十大原則」でも改めて確認したのである。
しかし、その代わりに北朝鮮政権は制度として改革開放を取り入れたわけではなく、閉鎖的な統制システムは維持しているわけで、社会主義という看板だけを残すために、自己の制度を様々に解釈可能な独自の「我われ式社会主義」と称するに至ったのだろう。資本主義の経済制度と議会制民主主義の政治制度によって、韓国は著しい経済発展を遂げ民主化も進展させた。
共産主義、社会主義の優越性を主張して韓国に対抗し、国家の正当性を謳ってきた北朝鮮としては、それが現実には行き詰っていたとしても、社会主義の看板を下ろすことは制度の敗北、金日成-金正日の敗北を意味する。新「十大原則」においても「我われ式社会主義」という独善を掲げざるを得ないところに、隘路に入り込んで展望が見えない金正恩体制の困難さが見える。(石丸次郎)