北朝鮮の最高綱領である「十大原則」が、いかに北朝鮮国民の精神と行動を縛り付けているのか、平壌で教育部門機関に勤めていた脱木者の林哲氏が報告する。
北朝鮮では、朝鮮労働党に入党すると、上級組織から「十大原則」の冊子を交付される。また党員でなくとも、ほとんどの労働者と社会団体のメンバーが、「十大原則」の冊子を持たされている。北朝鮮において、成人のほとんどは例えば「金日成社会主義青年同盟」「朝鮮民主女性同盟」「朝鮮職業総同盟」などの社会団体に網羅されており、つまりは乳幼児と義務教育世代を除くほぼすべての国民が、「十大原則」の冊子を持たされていることになる。
「十大原則」は1974年4月に定められて以来、事実上、朝鮮労働党規約や憲法をも超越する最上位の行動規範に位置付けられてきた。北朝鮮においては、国家の最高指導者を除き、何人であっても「十大原則」をおろそかにして生き残ることはできない。
仮に、「十大原則」に反する行動を取ったとみなされた者は、社会的にも身体的にも、権力によって抹殺される危機に直面する。現在、北朝鮮では一説に約20万人が政治犯収容所に収容されているとされるが、その多くが何らかの形で、「十大原則」に違反したとみなされた人々だと思われる。北朝鮮において政治犯収容所に送られるということは、ほとんど死と同義である。
「十大原則」に対する違反の度合いが甚だしいとみなされれば、処刑されることも珍しくない。北朝鮮においては、刑法よりも「十大原則」によって処刑された人の方が多いものと思われる。政治犯収容所において死に追いやられた人命の膨大さを考慮すれば、これは誇張でも何でもない。北朝鮮で生活してきた者にとっては、むしろ「常識」に類する話なのだ。
こうした恐怖の存在を前提に、北朝鮮では、義務教育を終えたすべての人に対し、「十大原則」の暗記が義務付けられている。とくに、朝鮮労働党の入党審査においては、「十大原則」を正確に覚えているかどうかがきわめて重視される。入党希望者は数人の審査員の前で「十大原則」の様々な条項について質問を受けることとなるが、一文字でも間違えれば入党が保留される。回答の途中で言葉に詰まってしまうなど、たとえそれが緊張のためであっても、「あり得ないこと」としか見なされない。
党員でなくとも、職場や社会団体の単位で、「十大原則暗唱大会」が定期的に開かれている。ちなみに、「十大原則」が発表された1974年当時の北朝鮮国内の空気を知る脱北者(元在日朝鮮人で、現在は日本在住)は、次のように証言している。