◆ヤズディ教徒はなぜ狙われたのか
ヤズディ教は、ゾロアスター教やイスラム教、キリスト教などの影響も受けた少数宗教。おもにイラク北部の町や村にコミュニティがある。クルド語を母語とし、イラクでは、約60万とされる。フセイン政権時代には、反体制的なクルド系として危険視され、村落破壊などの迫害を受けた。ヤズディ教は太陽や孔雀天使を崇拝する。このため、過激なイスラム主義者からは「邪教」「悪魔崇拝」などとみなされ、繰り返し激しい攻撃にさらされてきた。
関連記事:<イラク>フセイン時代に強制移住させられた村
2007年にはアルカイダ系組織が、シンジャル近郊の町で自爆テロを起こし、400人におよぶヤズディ住民が死亡する事件が起きている。ISのシンジャル襲撃は突然起きたわけではなく、一連のヤズディ迫害と「邪教」扱いの延長で起きたものだった。
◆信仰を中心にしたコミュニティの絆
私がシンジャルを訪れたのは2012年7月。当時は、イラク軍とクルド部隊ペシュメルガが地域の治安維持にあたっていたが、幹線道ではたびたび武装組織の襲撃が起きていた。このため車には治安部隊の兵士に同行してもらって現地をまわった。
シンジャルはのどかで静かな町だ。だが、地元に産業はなく、土漠地帯に囲まれた地域では農産物も限られる。男たちの多くが、クルド自治区に出稼ぎに出て、建設現場や飲食店従業員として働いていた。
ある日、村の結婚式に招待された。その時、出会った新郎新婦がミルザとイヴァンだった。村人たち数百人が、2人の門出を祝福し、踊りの輪を囲んでいた。
あの結婚式から2年後の2014年、シリア・イラクで勢力を急拡大させたISは、イラク北部の大都市モスルを制圧、それに続いてシンジャルを襲撃した。あの時、幸せいっぱいだったミルザ・イヴァン夫婦はどうなったのか。ヤズディ教徒を襲った虐殺と拉致という未曽有の悲劇の事態をイラクとシリアで取材しながら、私は夫婦の行方を追った。(第1回了・つづく・全5回)
(5・最終回)子どもを拉致された家族の悲劇
(4)破壊され尽くしたシンジャル
(3)救援作戦と避難民夫婦の思い
(2)拉致女性は「強制結婚」の名でレイプ
(1)「邪教」とされ虐殺、女性らを拉致「奴隷」に