◆金父子の肖像画なし
ある程度予想していたとはいえ、どの教科書でも金日成-金正日-金正恩の偶像化は徹底している。物理や数学、自動車、美術などの科目に至るまで、北朝鮮のあらゆる分野の刊行物と同様に、すべての教科書の巻頭には金日成、金正日、金正恩いずれかの「お言葉」が、学習指針として太字で強調されている。金日成氏と金正日氏については、小学校で「偉大な首領・金日成大元帥様の子供時代」、中学校では「偉大な首領・金日成大元帥様の革命活動」「偉大な領導者・金正日大元帥様の革命活動」という科目を設けて、個人史を学習させている。(ペク・チャンリョン/石丸次郎)
ところが、まったく意外だったのは、目を通した80冊余りのすべての教科書に、三人の「最高指導者」の肖像画、イラスト、写真が、ただの一枚もないのである。個人崇拝に特化したこの「革命活動」科目の教科書にも、一切登場しない。「金日成の革命活動」では、抗日活動中の同志として金策(キム・チェク)や呉仲洽(オ・ジュンフプ)、金正恩の最側近の一人である崔龍海(チェ・リョンヘ)の父親・崔賢(チェ・ヒョン)などが写真入りで紹介されているのだが、金日成については写真もイラストも皆無だ。
教科書を何人かの脱北者に見てもらったが、肖像が皆無なのは「子供たちが毀損、落書きするのを未然に防ぐためだ」という。すでに八〇年代においても、金日成の幼少時代の絵があったぐらいで、肖像写真・画は一切なかったとのことである。生徒たちが、教科書に出て来る「偉人」の肖像にいたずら書きするのは、日本も北朝鮮も同じようである。
◆金正恩氏が革命活動?
「金正恩同志の革命活動」という科目があることもわかった。北朝鮮に居住している複数の取材協力者、及び一五年以降に脱北して韓国に居住する人に確認したところ、「教科書はなくて、教員向けの『教授案』だけがあった」(元教員)。「先生が『教授案』を使って教えていた。革命活動の実績なんかないのに教科書を作ったら、生徒たちの笑いものになるから作れないのだ、と人々は話していた」(高級中学生の時に脱北し一六年二月に韓国入りした人)。
この「教授案」とは、「敬愛する金正恩元帥様革命活動教授参考書」(教育図書出版社二〇一四年)だ。韓国の脱北者団体「自由北韓放送」から初級中学用の「教授案」のデジタルデータを提供された。「教授案」の巻頭言は、次のような金正日氏のお言葉から始まる。
金正日大元帥様は次のようにおっしゃった。
「金正恩同志は、指導者として身につけるべき特出した実力と風貌を備えており、人民から全面的な支持と信頼を受けています」
そして、この教科を教える意義を次のように強調している。
敬愛する(金正恩)元帥様の栄えある革命活動についての教育は、今日、成長する新しい世代を党と首領に限りなく忠実な先軍革命の継承者として準備させるうえで、最も重要な問題となっている。
初級中学校用「敬愛する金正恩元帥の革命活動教授参考書」は、初級中学校の生徒に、敬愛する元帥様の偉大性を体得させるために作られた。
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