◆難民問題の源流へ
しかしながら、「瀋陽事件」で我々の前に現れたものは、北朝鮮難民問題を川にたとえるならば、最下流の部分にすぎないのも確かである。必死の思いで駆け込みを図ったキム・グァンチョル一家は、ナチスのユダヤ人狩りに怯えて潜伏していたアンネ・フランクのように、強制送還の恐怖に震え、息を潜めて隠れていた二年間、どのような思いで暮らしていたのだろうか?
北朝鮮難民問題の本質を理解するためには、さらに上流部に遡行して行かなくてはならない。難民たちは中国東北部でどのような潜伏生活を強いられているのか、どのように国境の川を渡ってくるのか……。
そして問題の源流はいうまでもなく北朝鮮国内にある。北朝鮮でどれほどひどい飢えと抑圧があって、彼らは祖国を捨てたのか? そこまで遡らないと、私たちの隣人が彷徨って難民化しているという悲しい事実の原因はわからないのだ。
「瀋陽事件」は北朝鮮をめぐって日本社会に二つのことを突きつけた。一つは、北朝鮮難民問題が今や東アジアを中心とした国際社会で解決すべき懸案になったということ。
もう一つは、難民だけでなく北朝鮮国内に住む民衆=私たちの隣人が、いまだ飢餓と抑圧の未曾有の苦しみを味わっており、隣国に住む者としてその問題にどう向き合っていくのか、ということである。
私が本書を書こうと思い立ったのは、これらの課題を考えるにあたって、わかりやすい入門書が必要だと感じたからである。( 続きを読む>> )