◆難民、越境者、亡命者
さて、このように北朝鮮から中国に越境してくる人々をどのように規定するべきだろうか? やはり、自らの意志で再び北朝鮮に戻る人々については「越境者」、北朝鮮での生活を放棄し、中国や第三国で生活することを望む人々については「北朝鮮難民」とするべきであろう。
英語のrefugeeは難民、亡命者と訳される。日本が82年に加盟国になった「難民の地位に関する条約(難民条約)」によれば、難民とは「人種、宗教、国籍、特定の社会集団に属していること、または政治的意見を理由とする迫害のために外国に逃れ、本国の保護を受けられない者」をいう。
ところが、現実にはこの定義に当てはまらない「新しい難民」が日々生み出されている。難民の定義は、現実に居住地を離れざるをえなくなった人々が世界各地で次々と生み出されるなかで、刻々と変化してきた。
経済的理由、災害によって国外に出た者は難民とは呼ばない。が、75年の国連総会決議では、ベトナム、ラオス、カンボジアの政治的・経済的混乱を逃れて国外にある者、アフリカ各地の飢餓状態を脱するために他国に移動せざるをえない者も難民と認定することを決め、各国に対し、保護・援助を呼びかけた。
2002年1月段階で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が保護・援助対象としている人は1978万人に及ぶが、このうち条約難民以外の人は773万人に達する。
戦闘を避けるための移動(戦争避難民)や、国内の別の場所に避難したり(国内避難民)、国外に出ていた人が帰還する場合(帰還民)も保護・援助の対象となっている。難民条約というものさしでは測り切れない「移動を強いられた人々」も広義の難民として援助すべきだという考え方が定着しているわけだ。
北朝鮮での生活を放棄し、中国や第三国に脱出してきた人は、そのほとんどが自由と食糧を求めて、人間らしく生きたくて母国を後にした人々である。
学者・識者のなかにもこのような北朝鮮人たちのことを「経済難民」と表現する人がいるが、これは根本的に誤っている。「経済難民」なる概念は、難民条約上もUNHCRの現場での活動上も存在しないからだ。
この用語は、インドシナからボートピープルが大量流出した80年代、難民を偽装した中国人がなかに混じっていたことを揶揄して「経済難民」と表記した、日本のマスコミの造語なのである。
「経済的利益を目的に不法に出国した人々」ということをいいたいのなら「不法移民」「密入国者」とすべきだ。だが、飢えから逃れることは、経済的利益が目的だとはいえない。なぜなら、食糧の確保は人間の生の根源的な問題であり、食糧を得られない場所から離れることは、人として生きる権利の追求なのである。「経済難民」なる表現は、さらに誤解を招く誤った規定の仕方であろう。
難民条約33条には「難民を迫害の待つ国に送還してはならない」という規定がある。国に帰ると迫害が待っている人は難民だと言えるわけだ。その意味でも中国に越境した北朝鮮人たちは、後述するが、北朝鮮に送還されると政治的迫害を受けるおそれが十分にある。また、北朝鮮政府が食糧へのアクセスを保証できていない以上、帰還すれば生命の危機にも晒されかねない。明らかに迫害が待っているのだ。
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