◆「娘のようなあなたを見殺しにはできない」
別のヤズディ女性、マジダさん(当時19歳・仮名)は、8か月の乳児とともに拉致された。戦闘員と強制結婚させられ、モスルで監禁生活を強いられた。繰り返し受けた暴力と凌辱に耐えられず、どうせこのまま死ぬなら、と意を決して乳児を抱えて脱出。
マジダさんは、夜中に密かに勝手口から出て歩き続け、明け方、たまたま家の前で水をまいていた住民男性に助けを求めた。アブドゥ・フセインさん(63歳)は急いで彼女を家に入れた。彼の家の両隣はISの戦闘員が住んでいたからだ。
「私はイスラム教徒。だがISはイスラムの仮面をかぶっているだけ。娘のようなあなたを見殺しにはできない」。
自宅の奥の部屋にマジダさんと乳児を5日間かくまい、闇業者に700ドル(約8万円)を払って偽の身分証を手に入れ、クルド自治区へ脱出させた。
昨年、ISはモスルから敗走。私はアブドゥさんと連絡を取ることができた。
「宗教が違っても関係ない。同じ人間だから助けた」と、彼は当時を思い起こしながら語った。
マジダさんは「ヤズディ教徒を殺したISを許すことはできないし、イスラムへの不信感も心のなかにまだある。それでもアブドゥさんを思うとき、憎しみだけではないことに気づく」と話す。
だが、これはわずかな救出例に過ぎない。実際には脱出に失敗して連れ戻されたり、逃亡途中に住民に密告されたりするなどで、捕まえられたヤズディ女性たちは少なくない。
◆他者に手を差し伸べることができるか
映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」が描いたナチスの時代。国家の組織的なユダヤ人絶滅政策と、ISのヤズディ教徒殺戮と奴隷化は、時代も状況も異なる。だが、迫害と死の恐怖にさらされた人びとを助けた人が、わずかでもいたということは、時代を超えて共通するものがあると感じる。
いま、戦火から逃れようと、たくさんのシリア人などが難民となってヨーロッパに押し寄せている。ドイツで作られたこの映画は、現代への問いかけにも映る。73年前にドイツで起きたことは決して過去の話ではない。