◆「娘のようなあなたを見殺しにはできない」

別のヤズディ女性、マジダさん(当時19歳・仮名)は、8か月の乳児とともに拉致された。戦闘員と強制結婚させられ、モスルで監禁生活を強いられた。繰り返し受けた暴力と凌辱に耐えられず、どうせこのまま死ぬなら、と意を決して乳児を抱えて脱出。

ISに拉致、戦闘員と強制結婚させられたヤズディ女性マジダさん(仮名)と息子。2人は住民男性の助けで支配地域から脱出することができた。現在はドイツ政府の支援を受け、ドイツ北部に暮らす。(2016年4月撮影:玉本英子)

 

マジダさんは、夜中に密かに勝手口から出て歩き続け、明け方、たまたま家の前で水をまいていた住民男性に助けを求めた。アブドゥ・フセインさん(63歳)は急いで彼女を家に入れた。彼の家の両隣はISの戦闘員が住んでいたからだ。

「私はイスラム教徒。だがISはイスラムの仮面をかぶっているだけ。娘のようなあなたを見殺しにはできない」。

自宅の奥の部屋にマジダさんと乳児を5日間かくまい、闇業者に700ドル(約8万円)を払って偽の身分証を手に入れ、クルド自治区へ脱出させた。

イラク北西部で住民を集めた広場で公開処刑をするIS戦闘員。恐怖支配は約3年にわたって続いた。(2015年・IS映像)

 

昨年、ISはモスルから敗走。私はアブドゥさんと連絡を取ることができた。

「宗教が違っても関係ない。同じ人間だから助けた」と、彼は当時を思い起こしながら語った。

マジダさんは「ヤズディ教徒を殺したISを許すことはできないし、イスラムへの不信感も心のなかにまだある。それでもアブドゥさんを思うとき、憎しみだけではないことに気づく」と話す。

だが、これはわずかな救出例に過ぎない。実際には脱出に失敗して連れ戻されたり、逃亡途中に住民に密告されたりするなどで、捕まえられたヤズディ女性たちは少なくない。

ISからヤズディ女性を助けたイスラム教徒の男性アブドゥさん(中央)。「宗教は違っても、同じ人間であることを忘れてはいけない」と話した。(2017年2月・家族撮影)

 

◆他者に手を差し伸べることができるか

映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」が描いたナチスの時代。国家の組織的なユダヤ人絶滅政策と、ISのヤズディ教徒殺戮と奴隷化は、時代も状況も異なる。だが、迫害と死の恐怖にさらされた人びとを助けた人が、わずかでもいたということは、時代を超えて共通するものがあると感じる。

いま、戦火から逃れようと、たくさんのシリア人などが難民となってヨーロッパに押し寄せている。ドイツで作られたこの映画は、現代への問いかけにも映る。73年前にドイツで起きたことは決して過去の話ではない。

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