◆「吹き飛んだ手や足を見た」
ハンブルクでは大規模な空襲が続いた。死者4万人以上。ほとんどが一般市民だった。サイレンと爆撃機の音が響くたびに、母親に手を引かれ、走って防空壕へ逃げた。ある日、防空壕のそばに爆弾が落ち、フリートさんは吹き飛んだ人の手や足を見た。建物から炎が上がり、空はオレンジ色に染まった。親戚たちが命を落とした。今でも夕焼け空を見ると動悸がするという。
その後、ナチス政権は崩壊、2年後、父はドイツ兵収容施設から戻ってきた。別人のような形相で「敗残兵は過酷な経験をした。多くが死んだ」とだけ言った。ユダヤ人についても、多くは語らなかった。身近な大人たちは「彼らに何か悪いことが起きているとは思っていたが、まさか虐殺までされているとは知らなかった」と口々に話した。
他方、アルネさんの母親側の家族はナチスを受け入れていた。
「ゲシュタポにおびえることなく普通に暮らすには、他に方法はなかった」という。
◆「戦争が始まると 誰も逃れられない」
アルネさんは学生時代、ファシズムと差別が悲劇をもたらすと、繰り返し学んできた。
今回あの時代の状況を聞き、「いま、右派政党が台頭し、移民・難民への偏見が市民層まで広がることに危うさを感じる」と言う。
彼は、父フリートさんの言葉が忘れられない。
「戦争が始まると、誰もそこから逃れることはできなくなる」。
戦後73年。戦争を知る世代は少なくなった。過去を知ることは、自分たちの未来を見据えることにつながる。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2018年8月21日付記事に加筆修正したものです)
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