北朝鮮の漁業の形態は2000年代の半ばから大きく変わった。社会主義式の集団漁業は破綻した。代わって、軍隊などの権力機関が傘下に水産事業所を作って操業し中国に輸出するようになった。儲かることがわかると、個人が金を集めて木造船を作りイカ漁に参入した。北朝鮮では個人経営は許されないので、権力機関に金を払って、傘下の事業所に所属するという「看板」を借りるのだ。
清津市の漁業事業所に勤めていて、昨年末に脱北した男性が、2017年のイカ漁の状況について次のように解説してくれた。
「シーズンの出漁は一回がだいたい二週間。港で荷揚げして一週間後にまた出る。作業員たちは漁獲量に応じて、一航海で2~3万円程度を受け取る。そんな高収入を得られる職場なんてないから、危険を承知で船に乗るのだ」
今、経済制裁でイカ漁に一度見切りをつけた自営的漁業者が舞い戻り、作業員の募集には一獲千金を夢見る貧しい人たちが殺到しているそうだ。
◆金正恩氏の相反する二つの指示
昨年、粗末な木造船の漂流事故が多発、死体までが続々流れついたことは世界中で報じられた。メンツに傷ついた金正恩政権は、すぐに対策を指示していたと、中国に出国してきた平壌の貿易関係者は、10月に入り次のように伝えてきた。
「恥をかいた金正恩が、小型漁船は遠距離航海に出るな、日本のEEZに立ち入らせるなと指示を出したとのことだ。また、海難事故が起これば海岸警備隊の責任を厳しく問うということになり、海上での監督も厳しくなっている。事故があれば漁船が互いに救難するように指示されているとも聞いた」
もう一つ、金正恩氏自らが10月初めに<方針>を出している。<方針>とは指導者が直々に発する命令で、幹部、組織は絶対貫徹を求められる。「国の水産資源を保護することについて」と題されたものだとして、前出の貿易関係者は次のように説明してくれた。
「乱獲で近海漁業の不振が続いているため、10月から近海での漁労が禁止された。操業を許されているのは、国家プロジェクトに関係している組織傘下の水産事業所の船だけだ。他の船は遠くに出て獲れということだ」
遠海に出るな、近海は禁漁だという相反する二つの指示が出される中、漁民たちは、イカ漁シーズンの終盤に駆け込むように出漁している。
北朝鮮から日本のEEZまで約400キロ。漂着した木造船はどれも長さ10メートル程度だった。荒れる晩秋の日本海では木の葉のようなものだ。乗り込んだ人はどうなったのだろうか? 家族がいたはずだが。