■付記 韓国、北朝鮮の敬語使用
ついでなので、私がフィールドにしている韓国、北朝鮮の報道における敬語使用について付言しておこうと思う。共和制の韓国では、私の知る限り、報道記事中に政治家はもちろん、歴史上の人物に対して敬語を使うことはあり得ない。
北朝鮮の場合は正反対で、金日成-金正日-金正恩と、さらにその祖先に対して、最高敬語なしの報道はあり得ない。教科書を含め、あらゆる文書においてもだ。例えば、5月9日の短距離ミサイル発射訓練を金正恩氏が指導したことを伝える朝鮮中央通信の記事の冒頭を訳してみよう。
「朝鮮労働党委員長であられ、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長であられ、朝鮮民主主義人民共和国の武力の最高司令官であられるわが党と国家、武力の最高領導者、金正恩同志が5月9日、朝鮮人民軍前線と西部戦線の防衛部隊の火力打撃訓練を指導された」
ただ、同通信の日本語ページのストレート記事では、金一族に対しても敬語は使われていない。一応は共和国を名乗り、社会主義を標榜しているため、外国向け報道記事では政治家への敬語使用を「恥」ととらえ、隠そうとしているのかもしれない。
北朝鮮には、憲法も労働規約も超越する最高規約「党の唯一的領導体系確立の10大原則」がある。指導者への絶対忠誠、絶対服従を全社会、全国民に強いるための綱領だ。
その第3条3項は次のように記す。
「偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党(金正恩氏のこと)の権威を毀損しようとするわずかな要素も絶対に融和黙過せず、非常事件として扱い、非妥協的に闘争して、全ての階級の敵の攻撃と非難から、首領様と将軍様の権威、党の権威をあらゆる方面で擁護しなければならない」
金一族に対する敬語不使用は「権威を毀損しようとするわずかな要素」に当たり、処罰、闘争の対象なのである。
※2019年5月14日付け毎日新聞大阪版に寄稿した拙稿に加筆修正しました。