◆砂埃の立つ寂しい町から、暗闇のない都市へ
大通りを進んでいくと、遠くに黄色い「M」の看板が見えた。官庁・ビジネス街と住宅街の境目となる円形交差点の隣に、マクドナルド・エルアイウン店がそびえ建っていた。
アメリカンポップスのBGMが流れる空調の効いた店内に入り、液晶ディスプレイのタッチパネルから注文をした。強烈な違和感が押し寄せてくる。ここは、帰属未決の係争地「西サハラ」だ。パレスチナやカシミールにマクドナルドがある風景を想像してみてほしい。
いつごろ開店したのかをたずねると、男性マネージャーが飛んできた。
「2017年の5月にオープンしました。どうです、すばらしいでしょう。偉大なアイデアだと思いませんか。」
彼が答えるよどみのない英語も、さらに違和感を後押しした。モロッコ占領下の西サハラでは、英語の話者は少ない。
マクドナルドの先には、店舗と露店が1km以上にわたって続く、大きな市場があった。
食料品、衣類、電化製品、化粧品、医薬品、玩具……、あらゆる日用品が並べられ、積み上がっていた。夕方を過ぎると人出は急激に増え、自分の足元すらみえないほどの混雑が、毎日続く。どの店でも、店員は忙しそうに手を動かしている。商品を搬入しようと、頭上に段ボール箱をのせた人が、人混みの中を前から後ろから分け入ってくる。
子ども服を選ぶ女性、携帯電話が並ぶディスプレイを見つめる青年、ジャガイモの入った大袋を抱えて妻の後を追う男性など、買い物客はみな、にこやかだ。モロッコの大都市にはいつも物乞いがいたが、エルアイウンでは一度も見かけることはなかった。
西サハラが「スペイン領サハラ」だったころから、エルアイウンは西サハラ北部の中心地だったが、これほどの賑わいとなったのは最近のことだ。
私は、1995年、2001年、2003年にエルアイウンを訪ねている。当時のエルアイウンは、ひとつの地域を代表する「最大の都市」と呼ぶには、ずいぶん寂しい感じのする町だった。大通り以外は未舗装路が多く、砂埃がたつ。夜になれば中心部でも薄暗く、食事のできる店も多くはない。高級レストランなぞ、目にすることはなかった。整ってはいるものの、いまひとつ活気にかける、無機質な感じが印象に残っている
あれから15年。エルアイウンは、市内は隅々まで舗装され、闇のない夜があり、マクドナルドまである町へと変貌していた。