◆「ずっと背負っていかなくてはならない」
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二人はシリア・イラク国境の町に家をあてがわれ、暮らし始める。実際の生活は、想像とはかけ離れたものだった。病院には薬もろくになく、近所の子供たちは学校に行かずに路地で遊んでいるだけ。テレビやネットも禁じられ、携帯電話もISに取り上げられた。
「宣伝映像はフェイク(偽物)だった。騙されたとわかったときには遅かった」。
インドネシア人の戦闘員と妻を家に招いたこともあったが、不満を漏らすと密告されるかもしれず、心を開くことはなかった。
心の支えは夫との間に生まれた息子だった。一方、戦況は悪化の一途をたどり、昨年5月、彼女と子供が先に脱出するが、途中で民主軍に拘束された。夫とはそれきりで、生死は分からない。後悔の日々というが、夫への愛は変わらないと話す。
キャンプに収容されて数か月後、両親への電話を許された。2年半ぶりの会話。母は驚き、嘆いたが、無事で帰って来てという言葉をかけてくれた。その日はずっと涙が止まらなかった。
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〔シリア難民〕ドイツへの決死の脱出「私はなぜ家族と国境を越えたのか」シリア人記者語る(写真3枚)
ISには40か国以上の外国人が参加した。拘束された元戦闘員や妻のなかに、いまもIS信奉者がいることから各国の政府は本国帰還に消極的で、シリアには一万人以上が収容されている。インドネシアからは500人以上がISに入ったとみられる。インドネシア政府は一部の妻らを帰国させており、彼女も親元に帰る日を願っている。
「ISはたくさんの人の運命を変えてしまい、私もその組織に加担してしまった。ずっと背負っていかなくてはならない」。
そう言って目を伏せた。
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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年05月28日付記事に加筆修正したものです)
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