ジャンムー・カシミール州は、昨年にインド人民党と地元政党である人民民主党の連立が崩壊し、大統領の統治下にあった。憲法370条の改正には州議会の承認が必要だが、そのため連邦政府の大統領が承認することとなった。つまり、政府与党インド人民党が出した議案を、カシミール人の議員がいない隙に、インド人民党の大統領が承認したのだ。(広瀬和司・アジアプレス)
◆議論もせず、当事者の意見も聞かず、数だけで憲法を改正
8月5日、カシミールの人びとは、上院議会で下された、自分たちが持っていた憲法上の特権が無くなる瞬間を見聞きすることは許されなかった。外出禁止令によって、4人以上の集会が禁止され、テレビ、インターネット、携帯電話、地上電話が遮断。一切の通信手段が断たれたなかで、憲法上の権利を奪われた。議論もせず、当事者の意見も聞かず、単に数によって憲法を改正してしまったことは、誰の目から見ても異常な事だった。
インド憲法を改正するには両議院の過半数であり、かつ、出席して投票する議員の3分の2を可決し、大統領が承認がすればよかった。今回の撤廃は確かに、いっけん要件は満たしているかのように見える。
ジャンムー・カシミール州では2016年からインド人民党と地元政党である人民民主党が連立政権を組んでいたが、2018年6月にそれが崩壊し、州知事統治となった。
州知事は2018年8月よりインド人民党が任命したインド人民党のサティヤ・マリクが就任しており、同年12月からは大統領統治となっている。5月の下院選挙の時に州議会選挙も同時に行うという案も出されたが、治安状況が改善せず時期尚早と行われなかった。
つまり、選挙で選ばれた議会がない空白の隙を突かれたのである。インド人民党が出した議案を、インド人民党が任命した州知事と大統領が承認する。これは、明らかに仕組まれていた、詐欺的な行為である。
今回の措置を違憲だという多くの法曹者の意見が、インドの新聞では見受けられる。正確には憲法370条の改正には州憲法制定会議の勧告が必要であるが、1956年に解散してしまった。そのため、その機能が失われたので、憲法370条の改正や撤廃は不可能で、恒久的なものとして認め得る、というのである。2017年にカシミール高等裁判所で、2018年にはインドの最高裁で同様の判断が出ている。
モーディー首相は8月8日の演説で「テロと汚職」の排除が目的だと主張したが、このような強引なやり方はさらなる反発を招くだけで、武装勢力に参加する若者は、さらに増えるだろう。
州には約70万人軍隊が駐留し、世界で最も軍事化された地域と言われる。直轄化はさらなる軍事占領を招き、テロの排除のもとで行われる人権侵害の拡大が懸念される。そもそも現地では軍事特権法という治安部隊の免罪を定めた治安法が施行されており、令状なき逮捕、暴行、拷問、現場での超法規的処刑、それに伴う行方不明が頻発し、国連人権委員会が昨年、今年と報告書を出して警告を発している。
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