◆米軍関係者に特別扱い
日米合同委員会の密約には、「憲法体系」(憲法を頂点とする国内法体系)に連なる法律を超越して運用されるものもある。
たとえば1953年に日米合同委員会の裁判権分科委員会刑事部会で合意された、米軍人・軍属被疑者の「身柄引き渡し密約」である。
日本の警察に逮捕された米軍人・軍属が公務中だったのかどうかはっきりせず、未だ明らかに認められない段階でも、身柄を米軍側に引き渡すというものだ。
それは、裁判権分科委員会刑事部会の「合意事項」の第9項(a)で、1953年10月22日に合意された。
合意文書に署名したのは、当時、裁判権分科委員会の日本側委員長だった津田實法務省刑事局総務課長とアメリカ側委員長アラン・トッド陸軍中佐である。
その文書にはこう書かれている。
「(米軍人・軍属による犯罪が)公務の執行中に行われたものであるか否かが疑問であ るときには、被疑者の身柄を当該憲兵司令官に引き渡すものとする。合衆国の当局は、当該被疑者の公務執行の点に関し、すみやかに決定を行い通知するものとする」
これは米軍側に有利で、日本側には不利な合意である。
たとえば、自動車による過失致死傷や道路交通法違反といった事件の場合、被疑者である米軍人や軍属が「基地間を移動する公務中だった」と主張したら、それは軍の任務に関わるため、日本側が真偽を確認するのは困難だ。
そうすると、この密約どおりに、公務中だったのかどうかはっきりしない段階でも、被疑者の身柄は米軍側に引き渡さなければならない。
本当は公務中ではなく、日本側に第1次裁判権があるケースなのかもしれなくてもだ。
この「合意事項」の第9項(a)は、前述の法務省刑事局の秘密資料『秘 合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料』(1972年)に載っている。
同資料の、「日本国の当局が逮捕した被疑者の身柄の取扱い」という項目のところには、次のような解説が書かれている。
「当該犯罪が公務の執行中に行なわれたものであるかどうかが疑問である場合にも、その者の身柄を軍当局に引き渡すこととしているのは、その点がいずれとも判定し兼ねる場合に、公務執行中のものであることが明らかでない以上は、わが方で身柄の拘束を続けてもよいとすることは、被疑者が軍隊の構成員又は軍属という特殊な地位にあることをかんがみ妥当でないので、とりあえずその身柄を軍当局に引き渡すこととするのが相当であるとされたものである」
要するに、米軍関係者という「特殊の地位」に配慮して特別扱いをするというのだ。