◆基準超過で罰則「難しい」
また今回示した「評価目安」の法的な位置づけ、超過時の対応についても複数の委員から明確にするよう求める意見があった。
全国解体工事業団体連合会専務理事の出野政雄委員は測定の義務づけに消極的な姿勢だったが、「罰則まで徹底してやるならやっていただきたい」と執行まで含めて条件をつけた。東京労働安全衛生センター労働衛生コンサルタントの外山尚紀委員も小委員会でかねて厳罰化と徹底した執行を求めてきた。
事務局の同省大気環境課は法的位置づけとして、「作業基準にしっかり書き込む」と説明。しかし、あくまで「予期せぬ箇所からの漏えいが発生していないことの確認と作業現場の改善に活用する」と施工業者が自らの作業チェックのために実施するとの位置づけだ。そのため罰則適用については「なかなか難しい」と否定的な見解である。
単なる現場改善ないし指導の基準であれば、むしろ民間から指摘があったように「実質的な規制緩和」でしかない。現場を良くするために規制するのであれば、複数の委員が求めるように「総繊維数濃度1本/L」を基準とするのが当然だろう。
じつは環境省は前回2013年法改正の際、除去工事におけるアスベスト漏えい防止のための区画・敷地境界基準として「石綿繊維数濃度1本/L」を採用する方針だったと複数の関係者から聞いている。
当時同省にそう決断させたのが当時、石綿飛散防止専門委員会の委員長を務めていた浅野直人・福岡大学名誉教授である。2015年3月に浅野教授に確認したところ、上記の経緯を認め、こう明かした。
「少なくとも(当時の敷地境界10本/Lより)厳しくすべきだと」
当時の石綿飛散防止専門委員会では1989年6月の法改正でアスベストを取り扱う工場などの敷地境界基準として「石綿濃度10本/L」が議題に上がり、健康リスクで考えると、クリソタイル(白石綿)のみの基準であるにもかかわらず、生涯曝露で1000人に1人が中皮腫で死亡する、労災レベルの緩さであることが指摘された。
環境基準の考え方は1996年以降、10万人に1人の発がんリスクを基本としており、その場合、「0.1本/L」で10万人に1人が中皮腫などで死亡するリスクだと過去の疫学データなどから示された。
一般的な化学物質によるリスク評価では動物実験の疫学データから人間への被害を推計することが多い。その場合、安全係数として濃度基準を10分の1~100分の1とする処理がさらに行われる。だが、アスベスト被害の場合、実際に鉱山や工場などで労働者が死亡した疫学データから算出されており、安全係数も考慮されていない実際の被害に基づくリスク評価である。
報告を受けて1989年に「石綿濃度10本/L」を敷地境界基準として導入した当時の委員2人が「もう(発がん性の高い)角閃石系アスベストが使われなくなる」「20~50メートルの(人が居ない)緩衝地帯があると。その間に拡散していくから、居住区は大体1本ぐらいに希釈される」との想定で基準を設定したと釈明。「石綿濃度10本/L」を維持する科学的根拠はないことがはっきりした。その上、疫学データに基づき「石綿繊維数濃度0.1本/L」を採用すべきとの意見が委員から出されるなど、基準を見直す機運が高まった。