◆プロは「飛散の可能性あり」
吹き付けアスベストなどの除去では、労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)や大気汚染防止法(大防法)により、現場をプラスチックシートで空気が漏れないように隔離養生し、集じん・排気装置により場内を負圧にしたうえでアスベストを除去するよう定められている。
ほぼ密閉状況で養生内を減圧し、外部にアスベストが漏れないようにして除去しなければならないのである。
ところが、同社はそうした対策なしにいきなり屋根を撤去し、吹き付けアスベストをむき出しにして3週間以上も放置した。
豊橋労働基準監督署は、不適正工事が発覚した9月27日、市から連絡を受けて現場に急行。周辺へのアスベスト飛散により労働者が曝露するおそれがあるとして、その場で安衛法第98条に基づく作業停止を命じている。アスベスト対策をめぐって作業停止が命じられることはきわめて異例である。
同監督署は10月1日、筆者の取材にこう答えている。
「作業停止命令は安衛法違反があって、緊急性がある場合に命じる行政処分です。現場の状況が当初届け出を出した工法とも違って、危険な状態だった。放置したら(アスベストが)飛散する可能性がありましたから。むき出しにしているということはそういう可能性がある。当たり前のことです」
そもそも監督署は「個別の事案には答えられない」とほとんど取材を拒否するのが通例だ。それが今回は取材に応じ、周辺にアスベストが飛散し、労働者や住民が曝露するリスクがあったと明言した。それだけ現場の状態が深刻だったということだ。
大防法の指導・監督権限を有する市環境保全課も同日、「現場で(アスベストが)飛散しないように、また作業基準を遵守するよう指導した」と説明した。市は同17日改めて同社に対し、「作業基準の遵守を徹底」するようにと文書指導している。
つまり、改修・解体作業における対策を定める安衛法、大防法いずれの法律でも同社の作業は、アスベストを飛散させかねない違法な作業だったわけだ。
念のため説明会後に同監督署と市環境保全課に、今回の作業が不適正とはいえ、残存するアスベストが「少量」だったことから飛散はないという同社主張の妥当性を確認したが、いずれの回答も「否」であった。素人の林社長と違い、指導・監督権限を有するプロはアスベストの飛散はあり得るとの見解だ。
発注した市建築課も「量が多い少ないは関係ない。飛散の可能性があるから手順まで書いて入札している。それに残存もどこまであるか把握できていなかった。あれ(社長の説明)は乱暴すぎる」と同意見である。
きわめて強力な発がん物質として知られるアスベストは、直径0.02~0.35マイクロメートルで髪の毛(直径40~100マイクロメートル)の5000分の1というきわめて細い鉱物繊維である。たとえ小指の先ほどの小さな塊であっても、ほぐれていくと無数の細かな目に見えない繊維になって飛散する。
しかも吸ってから数十年後に中皮腫などの健康被害を発症させる。とくに中皮腫はごく少量の曝露でも発生する可能性がある。そのため「静かな時限爆弾」などと呼ばれ、おそれられている。日本でも中皮腫による死亡者数は20年で3倍に増え、すでに年間1500人超である。肺がんや石綿肺などを含めたアスベストによる健康被害全体の死亡者数では年間1万8000人を超えるという推計もある。