それを一気にひっくり返したのが、トランプ大統領の方針転換だった。「アメリカはトルコの軍事作戦に関与しない。ISを打倒したアメリカ軍は、この地域に駐留しない」。トランプの発表の背景には米国製武器を購入すると約束したエルドアン政権、そしてシリアから米軍を撤収させて大統領選挙を有利に進めたいトランプの思惑があったとされる。
この決定の直後、米軍は国境の監視ポイントから部隊を撤収。そのポイントがあった建物に行くと、中はもぬけの殻だった。発電機や戦闘糧食を詰めた段ボールもそのままで、米軍があわてて引き上げたことがうかがえた。米軍撤収にあわせ、トルコ軍はシリア領への攻撃を始めた。一方、クルド勢力もトルコ側に反撃し、死者が出ている。
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テル・タミルには戦闘が続くラース・アル・アインから脱出するクルド人やアラブ人の住民の姿が目立った。幹線道には家財道具をいっぱいに載せた小型トラックが連なる。多くは別の町に住む親戚を頼って避難したが、行き場のない家族は国境から離れた地域の仮設避難所に身を寄せた。
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トルコ軍機の爆撃のなか、着の身着のままで脱出してきたクルド人のムハンマド・オマルさん(40歳)は憤る。「クルド人はたくさんの犠牲を払ってISと戦い、アメリカや世界に貢献した。トランプはエルドアンの武器購入と引き換えにクルド人を売った」。
トルコ軍の越境攻撃で脱出した住民は20万といわれる。その一部はイラクの難民キャンプに逃れるなどしている。
トルコは制圧した地域にトルコが支援する反体制派や別地域のシリア難民を移住させるとみられ、そうなれば元の住民は家も土地も失うことになる。「世界最大の国なき民」と呼ばれてきたクルド人は、大国や周辺国に利用され裏切られてきた。今また大国の思惑で翻弄されている。
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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年11月12日付記事に加筆したものです)