教師は宗教指導を受けさせたうえ、バグダディ指導者に忠誠を誓わせた。一方、失職や解雇で生活が困窮したり、町から脱出する教師もあいついだ。
ラッカ市内のダライヤ地区では、近所に住むある女性教師の収入が途絶え、隣人たちが小さな地下学校を作った。子供たちをこっそり家に集め、授業を続けてもらい、教師の生活を支えた。内戦で経済は破綻し、誰もが生活苦だったが、互いに助け合った。
「学校に行けないから、毎日、家で書き取りをしていた」。
当時、勉強を続けた小学生アリ・ヒシャムくん(8)はノートを見せてくれた。鉛筆で一生懸命に書いたアラビア語の文字が並ぶ。ISに見つかれば処罰されかねないなか、住民は教師を支えた。
ウベイ・ビン・カーブ中学校の生徒たちは、いくつものつらい経験を語ってくれた。
「家族が戦闘に巻き込まれた」「父がISにスパイの疑いをかけられた」。
ウィア・マレハさん(15)は、あいつぐ空爆で親族あわせて41人を亡くした。最後に先生が付け加えた。「私も父と兄妹の5人を爆撃で失いました。住民の誰もが犠牲者です」。
授業の最後、女子生徒のひとりが私のために歌ってくれた。戦闘激化で、ラッカから避難した先のキャンプで広まった歌という。
「私の心は焼かれそう、ラッカよ、あなたに会いたい。家族の団らんがあったあの日に戻りたい。ああ恋しいラッカよ」。
その美しい歌声は、いまも私の心に響いている。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年10月1日付記事に加筆したものです)
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