◆「無差別テロ」のようなもの でも対象外

だが、法案をよく読むと、その適用範囲はきわめて限定的である。なにしろ昨年起きた大手ゼネコンによる悪質な違法工事が再び起きても適用できないのである。

その工事とは、1月20日に鹿児島労働基準監督署が無届け工事だったとして書類送検した大成建設(本社:東京都新宿区)による鹿児島市における手抜き工事である。

昨年5月、同社は鹿児島市内のビルで改修工事中に柱を覆う化粧板を撤去したところ、吹き付け材を発見。同フロアのほかの場所と同様にクロシドライト(青石綿)を含むとみられたが、工期短縮のため5~6月にかけて大防法で定められた対策なしのまま手抜き工事を実施していた。

本来こうした除去作業では、吹き付けアスベストが使用された場所以外をプラスチックシートと粘着テープでふさいで密閉に近い「隔離養生」した作業空間をつくる。そのうえで強力な換気扇のような装置で場内の空気を吸い出し、圧力を外部より低く保ちつつ、装着されたフィルターでアスベストを除去する「集じん・排気装置」の使用により、清浄な空気だけを外部に排出する。さらに現場の出入口には、除去作業時に労働者がアスベストを洗い流すエアシャワーや更衣室を設置した「セキュリティゾーン(前室)」を配置する。

同社はこれらの措置のうち、「隔離養生」と「集じん・排気装置」の使用はしていたと主張したが、「前室」の設置をしなかったことを認めている。

前室がなければ、労働者が防護服などに付着したアスベストを洗い落とすことができず、外部に流出させてしまう。量の過少はあれ、アスベストが作業現場外に飛散したことはまず間違いない。

あまり知られていないが、その現場は鹿児島の老舗百貨店・山形屋1号館(同市金生町)である。ひどいことに営業中の百貨店5階フロアで5~6月のじつに21日間にわたって利用客や従業員にアスベストを吸わせた可能性の高い違法工事が起きていたことになる。

しかも同社は違法性を認識したうえで工期短縮を理由にアスベストを飛散させる手抜き工事を実施しており悪質性が高い。営業中の百貨店内で意図的に発がん性の高いアスベストが飛散する手抜き作業を実施するなど、ほとんど「無差別テロ」のようなものといってよい。

ところが、この“事件”ではだれも逮捕されていない。それどころか現場の公表すらされておらず行政が隠ぺいに手を貸しているといわれても仕方ない状況だ。

かろうじて鹿児島労基が「無届け工事」との理由で同社と現場所長を労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)違反の疑いで書類送検したが、仮に罰則適用されたとしてもわずか「50万円以下の罰金」でしかない。おそらく起訴もされないとみられる。

同労基は「残念ながらうちで把握した段階で作業が終わっていた。どういった状況だったか実態が確認できなかったので届け出義務違反での立件となった」と釈明する。

ところが、市環境保全課は同社が再発を防止するとの報告書を提出したことから形式的に従っていることから「反省している」と判断せざるを得なかった。当然法的措置はされていない。

大成建設はこの手抜き工事について記者会見どころか発表すらしていない。それどころか取材にも「再発防止に努めて参ります」と言い続けるだけで事実関係すら公表していない。

このような同社の悪質事案が今回の大防法改正案では直罰の「対象外」なのだ。

改正案で直罰の対象となっているのは「隔離養生」と「集じん・排気装置」の使用だけ。「前室」の設置は含まれていない。

環境省大気環境課は「直罰の対象は吹き付けアスベストなどの除去における隔離養生と集じん・排気装置の使用だけ。たしかに前室については書かれていません。罰則の対象ではない」と認めた。同省は「一連の流れだと認識していますので施行通知などで明確にしたい」などと釈明するのだが、通知で法を覆すわけにいくまい。

このほか、過去に大きな問題になった飛散事故でも同様に直罰規定が適用できないことが判明した。たとえば、2013年12月に発覚した名古屋市営地下鉄・六番町駅の事故では、空気1リットルあたり710本のクロシドライト(青石綿)が駅構内で約2日間飛散。駅職員や利用者が曝露した。この事故は集じん・排気装置の管理が悪かったことなどが原因で、隔離養生や集じん・排気装置の使用はしていたことから、直罰の適用はできない。

また2006年の新潟県佐渡市立・両津小学校で教員や生徒が曝露した飛散事故も養生の破れから漏出しており、やはり適用不可能である。

そもそも1月に出された中央環境審議会の専門家会合による答申では「作業基準違反への直接罰の創設も検討するべき」と対象を限定していない。本来なら作業時の基準を定めた「作業基準」全体を直罰対象とすべきなのだ。労働者をアスベスト曝露から守るための労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)ではそうなっている。今回の改正案は答申を十分ふまえていないといわれても仕方あるまい。

大防法改正案は問題だらけで、これ1つを修正しただけで抜本改正になるわけではない。だが、つい最近明らかになった悪質な手抜き工事にすら適用できないなどという欠陥を放置するのでは被害を減らすことなどできない。

市民団体「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」所長で多くの被害者を診てきた医師の名取雄司氏はこう警告する。

「今回の改正案は抜本的な対策になっていない。韓国も含めて諸外国は規制をどんどん強めているのに日本はそれをしない。このままいくと改修・解体による石綿被害で40~50年後にも人が死に続けることになるのでは」

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