◆憲法違反の可能性も
田村議員は条文を同省に読み上げさせ、直罰対象に「前室」の設置・使用の規定がないことを確認のうえで、「ちゃんと法文上『前室』と書いたらどうですか。これは集じん・排気装置がつけられていたにもかかわらず、前室がなかったために飛散した。こういう事件とか事案とかは教訓とすべきですよ」と迫った。
だが、佐藤副大臣は見解を変えることはなかった。
問題は、すでに述べたように、「前室」を設置・使用しない場合や「集じん・排気装置の管理が悪い場合」などが改正案の直罰対象に含まれていないにもかかわらず、直罰規定の適用は可能だと国側が答弁し続けたことだ。
行政法が専門の名城大学法学部・北見宏介准教授はこう語る。
「改正案の条文で『前室』は記載すらありませんから未設置・未使用で直接罰というのは難しいでしょうね。また条文上は隔離しているか否かなので、違う方法で隔離したなどと主張したら、前室がないからといっても処罰は無理だと思います」
また装置の管理不足などでアスベストを漏えいさせた場合にも直罰対象となるとの政府見解については「不可能」と断じる。
「集じん・排気装置の管理が悪かったり、隔離養生が破れたりして意図せずに(アスベストを)漏れたような件で処罰できるという解釈には無理があると思います。過失についての罰則規定に定められておらず不可能です。直罰を定めた条文は本当に何も対策せずむき出しで除去していることしか念頭においていません。これでは警察や検察も動きにくいだろうと思います」
さらに北見准教授はこう続ける。
「むしろ仮にこの条文で直罰を科せるとしたら、そっちのほうがまずいと思います。憲法違反となってしまう可能性すらありますから」
同氏が挙げた憲法第31条は〈何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない〉と定めている。
つまり、佐藤副大臣は憲法に違反する「法の定めのない」罰則適用が可能だと国会で主張していたことになる。
そもそもこの問題について、筆者は改正案の作成などを担当した環境省大気環境課に取材し、前室の未設置では罰則適用できないと認めていることを4月3日、ヤフーニュースやアジアプレス・ネットワークで次のように報じた。
〈環境省大気環境課は「直罰の対象は吹き付けアスベストなどの除去における隔離養生と集じん・排気装置の使用だけ。たしかに前室については書かれていません。罰則の対象ではない」と認めた。同省は「一連の流れだと認識していますので施行通知などで明確にしたい」などと釈明するのだが、通知で法を覆すわけにいくまい〉
この記事のなかで併せて集じん・排気装置の管理ミスや隔離養生の破れが原因のアスベスト飛散について適用ができないことも過去の事例をふまえて指摘した。同省大気環境課は「隔離養生と集じん・排気装置の使用だけ」が直罰の対象と上記のとおり明言しているわけだが、取材では念のためそれぞれ確認しており、いずれの場合でも適用できないとの回答を得ている。
さらに今回の改正案で「法」にわざわざ直罰対象を書き込んでいる理由について、同省は「法に持ってきたのは直接罰を創設するにあたって、ある程度対象を明確に(法に)書き込まなければならなかった」と説明している。
これは前記の憲法第31条に基づく「罪刑法定主義」で、特定の行為を犯罪として処罰するためには立法府が制定する法令で犯罪の内容や刑罰を明確に規定しなければならないとの基本原則をふまえたものである。
法に規定されていないにもかかわらず、勝手に措置を適切に行っていないと「みなし」て「直接罰の対象になる」など許されない。
佐藤副大臣による国会答弁は法をねじ曲げて拡大解釈し、憲法に違反する罰則適用を推し進めるとの宣言なのか。それともその場しのぎのデタラメ、つまり虚偽答弁だったのか。政府と環境省は事実を明らかにしたうえで、改正案の見直しをすべきだろう。