5月25日に公開した拙稿、金ヨジョンは兄思いの愛妹か権力ナンバー2か 金正恩後継と一族支配の危機管理を考える に、読者からいくつも感想を頂いた。権力の継承を金一族で永遠に続けていくことが、最高綱領に明記されているとの筆者の指摘には、「知らなかった」「ショックだった」という反応があった。
前記事でも書いたが、北朝鮮の最高綱領は、憲法、労働党規約ではなく、「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(以下「10大原則」)である。
そこに「我が党と革命の命脈を白頭の血統で永遠に保ち(中略)、その純潔性を徹底的に固守しなければならない」と書かれている。「白頭の血統」とは金一族のことだ。金日成が白頭山麓で抗日ゲリラ活動を行い、その渦中で金正日が誕生したという「革命神話」を基にしている。
■「10大原則」は北朝鮮社会縛る鉄鎖
北朝鮮に暮らす人ならば、「10大原則」を知らぬ者はない。労働党員は全文を完全暗記させられる…というより暗唱できないと党員になれない。
全ての国民は「10大原則」に基づいて、金正恩の領導(指導)を毎日の生活と行動の指針とすることが義務付けられ、所属する組織で毎週1回の「生活総和」という会議でチェックを受ける。
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「10大原則」は北朝鮮社会を縛る鉄鎖である。違反者は処罰の対象となる。その際たる例が2013年12月に、最大の実力者であった張成沢(チャン・ソンテク)の粛清・処刑だ。理由のひとつは「唯一的領導体系に反した」ことだった。
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たった一人の領導者だけが北朝鮮社会をあまねく指導し、あらゆる決定権限を持ち、全国民、全組織がそれに無条件に従わなければならない…この究極の独裁システムが「唯一的領導体系」だ。「10大原則」は、要約すると全国民・全組織が、ただ金正恩(党と表記)に対してのみ絶対忠誠、絶対服従せよということが延々と書かれている。
北朝鮮は社会主義を標榜しているが、最高綱領の「10大原則」の内容は、社会主義とも民主主義ともまったく無縁の、全体主義的、封建的、儒教的エッセンスが満ち満ちている。北朝鮮政権としても、さすがに恥ずかしいという自覚があるのだろうか、外部の眼から隠してきた。私の知る限り北朝鮮の国営メディアで言及されたことがない。
北朝鮮という独特な一人独裁体制の本質を知るためには、この「10大原則」の理解が絶対に欠かせない。しかし、日韓の研究者、ジャーナリスト、外交官などのウオッチャーの多くは、存在を知りながらも、北朝鮮社会における「10大原則」の重みと、実際の運用について理解が足りず、軽視してきた。
「10大原則」には「前身」がある。1974年に策定された「党の唯一思想体系確立の10大原則」(「旧10大原則」)である。金日成時代に作られたもので、これをベースに、金正恩時代に合わせて2013年6月に新たに策定されたのが「10大原則」だ。
アジアプレスでは、「10大原則」の原本を北朝鮮国内の取材パートナーに依頼して2014年に日本に持ち込んだ。ここで紹介するのは原資料に基づく日本語訳である。
長文の「10大原則」を分割して全文を掲載し、合わせて読者にわかりやすい解説を付していこうと思う。第一回目は「前文」である。文中の「党」が金正恩氏を表している。
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