◆「私を救うため」ダエは枕の下にナイフを置いた
2004年4月、取材中の私はイラク北部から車でバグダッドに移動しようとしていた。そのとき、トルコのジャマルさんから連絡が入った。「母があなたの不吉な夢を見た。村の部族の結婚式にあなたがいたと。この部族が夢に出るとき必ず悪いことが起きる。危険が迫っているはずだ」。ダエは悪夢に現れた私を救うため、寝る前に枕の下にナイフを置いたという。
私はバグダッドへ向かう車のシートに深く身をかがめ、移動中の7時間、食事やトイレ休憩にも出なかった。道を進むにつれ、戦闘態勢の米軍兵士が目立つようになった。この日、ファルージャでは米軍と反米武装組織との戦闘が始まり、幹線道路では日本人3人を含む外国人が次々と武装組織に拉致される事件が起きていた。迷信は信じない私だが、彼女の「虫の知らせ」に命を救われたと思っている。
保守的な農村で男たちと勝気に渡り合い、生活苦のなか、女手一つで子どもを育て上げたダエ。苦労続きの人生は、彼女の闘いでもあった。「誰に何と言われても気にしてちゃダメ、弱気になると魔物が近づく」。その言葉が私の心に残る。
あまりに尖(とが)った性格は、隣人だけでなく、息子や嫁たちも悩ませた。周囲は大変だっただろうが、それが彼女の生きる力になっていたのではないか。
近年は病気がちになり、最後は息子ジャマルさんにみとられて、彼の腕のなかで亡くなった。ダエは故郷の村の墓で静かに眠っている。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年12月15日付記事に加筆したものです)
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