◆FIRから見えてくるもの
北東軍管区司令部の軍事保安部のココルイン大尉の通報を受けて、ラショー市中央警察署の警察官が3月5日にFIRを作成したことになっている。FIRが作成されることで、警察で事件として正式に受理され、捜査が始まる。
しかし、実際には、トゥントゥンヘイン氏は2月10日午後に自宅から軍事保安部によって連行されており、警察がFIRを作成することは、軍から警察に事件を送り、起訴へと進めていくための刑事司法手続きの流れに載せるにすぎない。
FIRの内容によると、容疑は、2月5日にNLD本部から送られてきた国連向けの要請文書に賛同したことが、刑法第505条a項と第505-A条に抵触するというものだ。事件が発生した日は、2月10日と記されている。
裁判関連書類には、他に捜索差押押収品目録があり、同氏のスマートフォンとそのスクリーンショットのほかに、軍事保安部による尋問調書を証拠としてラショー市中央警察署が押収したことになっている。北東軍管区司令部下の軍事保安部ゾーミンテッ大佐による尋問が2月19日と3月5日に行われ、尋問調書が作成されているのがわかる。拘束された2月10日から3月5日までの間、トゥントゥンヘイン氏は軍事保安部の管理下にあったと考えられる。
◆犯罪実行日の矛盾
トゥントゥンヘイン氏は、2月10日午後に自宅から連行され、3月5日にラショー刑務所に収監されていることが分かるまで、家族は所在を確認できなかった。その間、同氏に通信の自由がなかったのは明らかだ。
したがって、拘束される2月10日か、それまでの間にNLD本部に対し文書の内容に同意する回答を電話で行なったと考えられる。すなわち、容疑となっている犯罪は、2月10日までの間に実行されたことになる。
しかし、容疑となっている罪は、2月14日に制定されるまでは存在しなかった法律条項に基づいている。これは「遡及処罰の禁止」の原則に明らかに反している。
◆遡及処罰の禁止の憲法規定に違反
ミャンマー2008年憲法第43条には、「いかなる刑法も遡及的効果を与える規定は認められない」とある。また、第373条には、「罪を犯した者は誰でも、その罪を犯した時点で施行されている関連法によってのみ、有罪判決を下される。その法律に基づいて適用できる罰よりも重い罰を科してはならない」とある。
新しく刑法が制定された場合、制定前の事実にまで遡って適用されて処罰されることはないという原則が規定されている。したがって、刑法の改正前に行なわれた行為に対し、改正後の刑法を遡って適用することになれば、違憲ということになる。