◆1985年-大阪の中学校で
教師と生徒である前に人と人として向き合い、互いに信頼と理解を持つことの大切さ。それを考えさせられる映画「かば」が公開中だ。教育とは何か、人間どうしのつながりとは何か。この映画は私たちに問いかける。(玉本英子)
映画の舞台は、1985年、大阪・西成の中学校。出自、偏見、校内暴力、すさんだ家庭、さまざまな背景を背負った生徒たちと向き合い、ともに悩み、優しく支える教師の物語だ。
赴任してきたばかりの新米の女性教員に、生徒が食って掛かるシーンがある。
「この学校には部落か、在日か、沖縄しかないんや。どれでもないよそ者は引っ込んどけ」。
それは被差別部落、在日コリアン、沖縄出身者のことだ。差別社会の矛盾が集約したようなコミュティのなかで、子どもたちは心に壁を作り、もがきながら生きていた。心を開かせようとする教師たちも、問題と格闘し、子どもたちとともに悩み、学んでいく。
◆大阪の中学教師の実話を元に映画化
タイトル「かば」の元になった蒲益男(かば・ますお)先生は実在の人物で、2010年に58歳でこの世を去った。川本貴弘監督が蒲先生について知ったのは、亡くなった後のことだ。先生の軌跡から学ぶことは多いと、映画化を進めた。
監督は2年半にわたり、当時の同僚教師や教え子たちを取材。被差別部落、在日コリアン、沖縄出身者のコミュニティにも足を運び、人権問題について改めて学びなおした。そこで聞きとったエピソードが構想の元になっている。
親が服役中でバイトを掛け持ちしながら家族を支える男子生徒、自分が経験した差別を娘たちには味あわせたくないと思い悩む在日朝鮮人の父親、被差別部落の出自を恋人に言えない卒業生。そんな子どもたちを力いっぱい抱きしめ、寄り添う教師たち。
映画は、それぞれの姿を丁寧に、生き生きと描く。そして、すさんだ家庭で揺れる子どもの心だけでなく、親の思いや葛藤も映し出す。家族もまた苦悩していた。
資金は当初クラウドファンディングで集めた。支援の輪は広まり、蒲先生の後輩だった中学の校長先生は、校舎での撮影を許可してくれた。
現在、親世代になった蒲先生の教え子たちも試写を観てくれた。
「映画は実際の出来事そのまま。当時の先生の言葉や気持ちが、今、よく分かる」と感想を伝えてきたという。