◆タリバンがカブール制圧
アフガニスタンからの米軍撤退のタイミングにあわせ、各地で攻勢をかけたイスラム武装組織タリバン。主要都市を次々と制圧し、ほぼ全土を掌握、ガニ政権は崩壊した。混沌とする事態に、私は現地の知人たちのことが気がかりだった。カブールのアブドゥルさん(31)から「無事です」との知らせが届いた。(アジアプレス・玉本英子)
◆大阪大学大学院留学後、帰国し公務員に
アブドゥルさんと初めて出会ったのは、4年前。大阪・豊中のカフェで開かれたアフガン・ランチの集まりの時だった。当時、大阪大学大学院の留学生で、故郷のお母さんに教わった、鶏肉や干しブドウが入った炊き込みご飯、パラウを振る舞ってくれた。「世話好きな大阪の人たちは、客人をもてなすアフガン人にそっくり」とほほ笑んだ顔が印象に残っている。
◆「テロとの戦い」の20年
20年前の9月11日、アメリカで同時多発攻撃が起きた。事件の首謀者とされるビンラディンをかくまっているとして、米英軍主体の多国籍軍はタリバンが支配するアフガニスタンを攻撃した。ここから「テロとの戦い」が始まった。タリバン政権は崩壊したが、空爆や戦闘で多くの民間人が巻き添えとなった。
その直後、私はカブールを取材した。厳格に解釈したイスラム法を人びとに強いたタリバンは去り、登校を認められなかった女の子たちが学校に戻り始めていた。小学校では、机のない教室に座り込んでノートに文字を書きとめる女子児童たちの顔が輝いて見えた。一方、地方へ行くと、幼い少女が結婚させられるなど、タリバン以前から続いてきた、アフガニスタン社会の厳しい現実も見えてきた。
◆故郷の復興願うも、役人の腐敗に落胆
2018年、アブドゥルさんは修士号を取得し、帰国。いくつかの職を経て、政府の財政部門で働く公務員になった。日本で学んだことを活かし、国と社会に貢献しようと意気込んだ。だが、政治家や上級官僚たちの間では汚職と腐敗がはびこっていた。欧米で教育を受けた人たちの一部には、政府プロジェクト担当や外交官のような地位を利用して、私腹を肥やす者もいたという。
「外国で何を学んできたのか。タリバンが再び台頭する状況を招いたのは、アフガニスタン人自身の責任もある」と、彼は振り返る。不安定な治安状況が続いたのも、復興の妨げとなった。自身も爆弾事件の現場に遭遇し、人びとが犠牲となる状況に胸を痛めた。
◆振り出しに戻ったアフガニスタン
タリバンのカブール制圧以後、彼は職場に行っていない。いくつかの地区では、処刑された人がいるという情報が伝わってきた。ネットが遮断されるのでは、との臆測も広がっている。そうなると、あらゆる情報が閉ざされてしまう。人道機関の撤収や活動縮小があいつげば、国民は深刻な状況に直面すると、彼は懸念する。
米軍は8月末をもってアフガニスタン駐留を終了した。アメリカ史上最長の戦争となった「テロとの戦い」は、これで終わったことになる。しかし、市民にとっては、新たな苦難の始まりとなった。
◆「皆さんの関心が私たちの希望に」
アブドゥルさんは言う。
「この国は美しく、歴史もある。なのに争いはいまだに終わりません。今はただ悲しい思いで、振り出しに戻った目の前の現実を見つめています。皆さんが関心を寄せ続けることが、私たちの希望をつなぐ助けになるのです」
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2021年9月14日付記事に加筆したものです)
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