◆国を私物化する大統領たち
弾圧が激化したきっかけは、2018年4月に始まる全国的な反政府抗議活動だった。政府の財政赤字を補填するためにとられた、年金引き下げを含む財政改革案が国民の怒りを買った。抗議する市民に政府は実弾で応え、300人以上(600人以上との説も)が殺害され、1000人以上が拘束された。その際、刑務所や警察施設内での拷問が国際人権団体により報告されている。
国民の怒りの背景にあるのは、「革命の英雄」とされたダニエル・オルテガ大統領(76)と、その親近者による国の私物化だ。
ニカラグアはかつて、新米派のソモサ一族による独裁が43年続いていた。1979年に独裁政権を倒し革命を主導したのが、現在の与党である、オルテガ大統領らが率いたサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)だ。その後、左傾化する政府と、米国の支援を受ける右派ゲリラの間で内戦となり、1989年の内戦終結までの犠牲者は、死者約4万人、約100万人の避難民を数えた。長い内戦と米国による経済封鎖に疲弊した国民は、翌年の選挙で保守政党を選択し、革命政府が敗北。オルテガ氏が政権に返り咲いたのは2007年のことだ。
再び大統領となったオルテガ氏は独裁色を強めていく。党内の反対派を排除し、メディアを買収し政府の支配下に置いた。さらに最高裁の判事や最高選挙管理委員会に自身の親近者を就かせ、大統領の連続再選を禁じた憲法を改正し無限再選を可能とした。2017年には夫人を副大統領に据え現在に至っている。
汚職も顕著になった。返り咲き後のオルテガ政権を、南米の社会主義国ベネズエラが石油を介した巨額の援助で支えた。資金の受け皿を担ったのが、オルテガ氏の親族や側近による民間企業だったとされる。資金の私的な流用も指摘された。
大統領一族と親近者が支配する今のニカラグアを前に、前述のオスカル氏は「彼らは社会主義を口にするが、富を独占している」とし、「この国は倫理だけでなく、法の支配が失われた状態にある」と憤る。
◆制限された選挙活動。高い投票率は本当なのか
選挙期間中、気になったことがある。演説や集会などを街中で見かけなかったことだ。これは、新型コロナ感染予防の名目で集会が禁止されたことによる。さらに不自然に感じたのは、マナグア市内を回った限り、与党の掲示物が一枚もなかったことだ。以前は選挙と関係なく、大統領夫妻が並ぶポスターや看板が街のあちこちにあった。その理由をオスカル氏はこう話す。
「2018年以降、政府への批判が増えた。それを誤魔化すために自分たちの掲示物を外したのだろう。なにより今回は選挙活動をする必要がないほど、彼らは余裕だった。もう楯突く敵はいなくなったわけだから」
ニカラグアの最高選管は、今回の投票率を65.23%と発表した。この数字に対して民間の監視団体は80%以上の市民が棄権し、投票率は20%を切っているとした。これについてオスカル氏は「政府の息のかかった人物が支配する選管では、何が起きても不思議ではない」と話す。
◆選挙中もジャーナリストへの攻撃は続いていた
インタビュー中、偶然通りがかった男性がオスカル氏に声をかけてきた。彼も国内メディアの元記者で、オスカル氏の知人だった。この日は家族と買い物を楽しんでいたという。近況についてオスカル氏と簡単に会話を交わすと、「この国で記者はとても危険だ。君もくれぐれも気をつけるんだ」と私に耳打ちすると、足早に去っていった。
男性を見送るオスカル氏がこう話す。「私にも妻と二人の子どもがいる。無職だが、家族を巻き込むわけにはいかない」と、記者として再び働くことへの躊躇いを見せた。
現在、ニカラグアには150人以上の政治囚がいるとされ、その中には政治家とともに、複数のジャーナリストや人権活動家が含まれている。また、ニカラグアの独立系ジャーナリスト団体「PCIN」によると、今回の選挙中、国家警察による報道機関に対する52件の攻撃があったされる。
選挙結果に対し、米州機構は_民主主義の弱体化を招いたと「懸念」を表明、欧州、ラテンアメリカの多数の国が選挙結果を否定する声明を出した。米国は10日、ダニエル・オルテガ大統領への圧力強化を目的とした新たな制裁措置を規定する法案を承認した。
一方、ロシア、イラン、ベネズエラ、キューバ、ボリビアはオルテガ氏への支持を表明している。
※写真はすべて柴田大輔氏撮影
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柴田大輔(しばた だいすけ)
フォトジャーナリスト、フリーランスとして活動。 1980年茨城県出身。2006年よりニカラグアなど、ラテンアメリカの取材をはじめる。コロンビアにおける紛争、麻薬、和平プロセスを継続取材。国内では茨城を拠点に、土地と人の関係、障害福祉等をテーマに取材している。