◆加害者が被害者を装う

この転倒は「強姦流言」としても現れた(金富子「関東大震災時の「レイピスト神話」と朝鮮人虐殺」)。

警視庁や神奈川県警察部の史料を見ると、不逞鮮人が婦女を暴行・殺害したという流言が震災翌日の9月2日に横浜方面から出現し、一気に拡大した様子がわかる。政府が流言の内容を否定した5日以後も、新聞各紙の報道がこれを広めていく。ところが実際に強姦・暴行・殺害の被害を受けたのは、朝鮮人の女性たちだった。

「腹を割かれた妊婦の死体があった。そのほかにも女性の死体の陰部へ竹の棒を突き刺したままのものもあった」(高梨輝憲『関東大震災体験記』)

「私の知りあいの朝鮮人の奥さんの方が、近くの雑木林の中で陵辱を加えられ虐殺された」(後藤順一郎=西崎雅夫編『関東大震災朝鮮人虐殺の記録』)

「四ツ木橋で殺されたのはみんな見ていた。なかには女も二、三人いた。女は…ひどい。話にならない、真っ裸にしてね。いたずらをしていた」(ほうせんか編著『増補新版 風よ鳳仙花の歌をはこべ』)

こうした証言は枚挙の暇がなく、引用がためらわれるほどの凄惨な内容も多い(『関東大震災朝鮮人虐殺の記録』(西崎雅夫編、現代書館)、『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』(西崎雅夫編、ちくま文庫)を参照されたい)。

ここでも流言は暴行の主客転倒を表現しているのだが、加害者が被害者を装う光景は現代を生きる私たちにとっても親しいものだろう。(敬称略 続く 9

劉 永昇(りゅう・えいしょう)
「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

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