プロレタリア作家・中西伊之助の小説に描かれているのは、〈不逞鮮人〉というテロリストの幻影だ。それは加害者の恐怖心から生まれた実体のない怪物であると、彼の目は見抜いていた。(劉永昇

◆幻影としての〈不逞鮮人〉

中西伊之助(『新興文学全集2中西伊之助・藤森成吉集』平凡社)

朝鮮人虐殺事件そのものを真正面から主題にした文学作品は、秋田雨雀(『骸骨の舞跳』)、江馬修(『奇跡』『羊の怒る時』)ら、プロレタリア文学と呼ばれた作家のごく一部の作品に限られる。壺井繁治の『十五円五十銭』もその貴重な作品の一つであった。だが、それらは全て発禁処分になるか、あるいは伏せ字だらけの状態でしか掲載を許されなかった。

そんな言論状況にあって、作家・中西伊之助は、雑誌『婦人公論』で虐殺の不当性を真っ向から批判した。中西が誌上に展開した一文を少し長いが紹介したい。

私は寡聞にして、未だ朝鮮国土の秀麗、芸術の善美、民情の優雅を紹介報道した記事を見たことは、殆どないと云っていいのであります。そして爆弾、短刀、襲撃、殺傷、――あらゆる戦慄すべき文字を羅列して、所謂(いわゆる)不逞鮮人――近頃は不平鮮人と云う名称にとりかえられた新聞もあります――の不逞行動を報道しています。それも、新聞記者の事あれかしの誇張的筆法をもって。

若(も)し、未だ古来の朝鮮について、また現在の朝鮮及朝鮮人の知識と理解のない人々や、殊に感情の繊細な婦人などがこの日常の記事を読んだならば、朝鮮とは山賊の住む国であって、朝鮮人とは、猛虎のたぐいの如く考えられるだろうと思われます。

朝鮮人は、何等考慮のないジァナリズムの犠牲となって、日本人の日常の意識の中に、黒き恐怖の幻影となって刻みつけられているのであります。……私は敢えて問う、今回の朝鮮人暴動の流言蜚語は、この日本人の潜在意識の自然の爆発ではなかったか。この黒き幻影に対する理由なき恐怖ではなかったか。

(「朝鮮人のために弁ず」『婦人公論』1923年11・12月合併号)

◆中西伊之助の小説「不逞鮮人」

中西伊之助には「不逞鮮人」と題する小説がある。1919年の三・一独立運動の後、抗日勢力の首魁と会談しようと朝鮮北部を旅する日本人青年の体験を描いた作品である。1922年9月雑誌『改造』に発表された。

「労働週報」に掲載された『赭土に芽ぐむもの』の広告(大正11年)

中西は朝鮮に渡って新聞記者をした後、自伝小説「赭土に芽ぐむもの」をこの年2月に発表、作家として出発したばかりだった。「不逞鮮人」はそれに続く小説で、この一連の朝鮮(人)をテーマにした中西作品は文学の新たな領域とみなされていた。

小説「不逞鮮人」の筋立てはこうだ。

自称「世界主義者」の主人公・碓井栄策は、「不逞鮮人」と「心から語ってみたいというヒロイック」な気持ちをいだき、朝鮮西北部の「不逞鮮人の巣窟」を訪れる。朝鮮人通訳を伴ってようやくたどり着いたその家で、彼は朝鮮人の主人から歓待を受ける。

酒を飲み語らううち、主人は京城(現ソウル)の女学校に通っていた娘の遺品を栄策に見せる。それは古い薄汚れたチョゴリだった。

「汚れているのは、みんな娘の血です」

と主人は言う。彼の娘は三・一独立運動のとき、日本の官憲に銃剣で刺し殺されたのだ。

深夜、栄策は主人が寝室に忍び込んできたことに気がつく。彼は寝たふりをしながら、「仇敵たる日本人の片われ」として復讐されることを予感し恐怖する。

外に逃げ出した栄策は、遠くで異様な叫び声が上がるのを聞き、「不逞鮮人」の襲来を確信する。しかし、通訳は「あれは梟が鳴いているのですよ」と告げる。

その時、目の前の部屋の扉が開き、主人が現れる。彼は「便所、わかりませんか」と声をかけた。
栄策には、主人が部屋に忍んできた理由がわかった。栄策の荷物を調べ、自分の身を守るためだったのである。

◆「すべては自分達民族の負うべき罪だ」

この作品にはついに〈不逞鮮人〉は登場しない。全て主人公の心の中で事件が起きる(起きない)に過ぎないのである。その疑心暗鬼の中にこそ〈不逞鮮人〉は存在していたのだ。

主人公・栄策は夢の中で主人に責め立てられる。

「なにが人類愛だ⁉ なにが世界同胞だ⁉ これを見ろ!これを見ろ! 主人は血によごれ綻びた娘の着物を、その慄える手で摑みながら、彼の面前に振り翳(かざ)し振り翳し、傷ついた猛虎のように狂い叫んだ。」

栄策は恐怖でパニック状態に陥った。それは「不逞鮮人の巣窟」に乗り込んだ恐怖からだったが、同時に、加害の罪を糾弾され報復を受けるのではないかという自覚を、この時初めて感じたためでもあった。

翌朝、栄策は丁重に主人の前で頭を下げる。彼は「すべては自分達民族の負うべき罪だ」という思いに息を詰まらせるのだ。(敬称略 続く 11

劉 永昇(りゅう・えいしょう)
「風媒社」編集長。雑誌『追伸』同人。1963年、名古屋市生まれの在日コリアン3世。早稲田大学卒。雑誌編集者、フリー編集者を経て95年に同社へ。98年より現職。著作に『日本を滅ぼす原発大災害』(共著)など。

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