中米ニカラグアで2021年11月7日、大統領選挙が行われ、現職のダニエル・オルテガ大統領が4期連続5回目の当選を果たした。オルテガ氏は国内の反対派を武力弾圧するなど、強権的な政治が国際社会から厳しく非難されている。オルテガ氏が率いるのは、かつて独裁者から国を解放したサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)。理想の社会建設を目指したはずのニカラグアで今、何が起きているのか。大統領選に合わせて現地を歩いたフォトジャーナリストの柴田大輔氏が報告する。
◆国民寄せつけないかつての英雄
「ダニエルは、私たちニカラグア人を信用していない。だから、自宅をキューバ軍人に警備させている」
ニカラグアの首都マナグアでよく耳にする噂話だ。
ダニエルとは、11月に約76%の得票で“圧勝”したダニエル・オルテガ大統領のことである。同日投開票の国会議員選挙でも、オルテガ氏が率いる与党FSLNが90議席中75席を獲得するなど、「圧倒的な支持を集めた」としている。
オルテガ氏は1979年、43年間に及んだ独裁者ソモサ一族の圧政から国民を解放した「革命の英雄」のひとり。革命は、農地解放や識字教育など、それまで周縁化されていた人々の側に立つ数々の政策を実行し、国際的な注目を集めた。政府系メディアは今も、いく先々で多くの国民に囲まれ、「コマンダンテ(司令官)」と呼ばれ愛される大統領の姿を日々映し出す。
しかし市民が思う「英雄」の姿は、自国民を寄せ付けない真逆のものだった。噂話はこう続く。「ダニエルは国民の反乱を恐れ、地下室で怯えて暮らしている」と。
噂を証明するように、下町にあるオルテガ氏の自宅周囲の警備は厳重だ。自宅に通じる四方、数ブロックすべての道の入り口に、バリケードと武装警官が配備され、一般人の立ち入りを禁じている。
◆独裁化するオルテガによる強権政治
近年、オルテガ氏による強権政治が著しくなっている。
2007年に大統領に返り咲いたオルテガ氏は、大統領の再選を禁じた憲法を改定し、無期限再選を可能にしただけでなく、夫人を副大統領に据え、要職を側近で固めた。さらに国外からの支援金を親近者が私的に流用するなど腐敗が指摘される。
そんな中で起きたのが2018年の弾圧だ。国民に負担を強いる財政改革案に端を発する全国的な反政府抗議を武力弾圧し、300人以上が死亡した。刑務所等での拷問も報告されている。
2021年の選挙でもオルテガ氏は徹底的に「敵」を排除した。11月までに、3つの野党から政党資格を剥奪し、7人の野党大統領候補を含む30人以上の反体制派の有力者を逮捕したのだ。
選挙結果には疑念がもたれている。投票率は最高選管が65%としたのに対し、民間監視団体は20%未満と発表したのだ。米国は選挙結果を「不正」とし、オルテガ氏らへ新たな制裁を課す法案を承認した。
欧州、ラテンアメリカ各国もその独裁性を非難し、選挙結果を否定する声明を発表した。これに反発するオルテガ氏は、南北アメリカ大陸の国々でつくる国際機関・米州機構からの脱退を表明した。
◆ニカラグア在住35年の日本人が見たオルテガ
「オルテガが恐れるのは、クーデターで今の地位から引き摺り下ろされること」
こう話すのは、首都マナグア在住の丸山ナオミさんだ。1986年に看護師として内戦下のニカラグアへ医療品を届けるためにやってきて以来、ニカラグアを見つめてきた。革命を応援してきた丸山さんも、FSLNとオルテガ氏に強い疑念を抱いている。
大規模反政府デモが起きた2018年以降、2021年12月までに、ニカラグアでは60以上の非政府組織が、国外から活動資金援助を受けた、政府批判を煽ったとして法人格を剥奪された。
さらに政府は2022年2月、反政府抗議行動の拠点となったニカラグア工科大学をはじめ、政府に批判的な6つの私立大学の認可を取り消し、資産を没収した。政府に批判的なメディアも複数が廃業に追い込まれている。
こうした、自分を脅かす存在を恐怖するオルテガの今を象徴するような場面に、選挙翌日、遭遇した。
その日はマナグアで、FSLN創設者の一人、カルロス・フォンセカ司令官の45回目の命日を記念する式典が開催され、大統領夫妻、政府要人、国外から招待者らが臨席した。党をあげてのイベントに、会場周辺には、確かに大統領夫妻を待つ熱狂的な支持者が集まっていた。
しかし、英雄を“大勝”させた国民の熱気を感じるには、支持者の数があまりに少ないのだ。私が見たところ、多くても300人程度。流布される「行く先々で大勢の支持者に囲まれる大統領夫妻」という映像とはかけ離れたものだった。