◆米軍のドローン攻撃、巻き添えになった住民
2001年に起きた米9.11事件から始まったアメリカの「テロとの戦い」。アフガニスタン、イラクのほかシリアなど各地で「テロ組織」に対する掃討作戦が続いてきた。一方、「テロ」と関係のない市民の巻き添え被害があとを絶たない。昨年12月、シリア・イドリブでの米軍ドローン攻撃に巻き込まれ負傷した一家を、地元記者の協力のもとネットを通じて取材した。(取材・構成:玉本英子、協力:ムハンマド・アル・アスマール)
◆ミサイルが標的のバイクに命中、そこに住民の車
昨年12月3日の朝、シリア北西部イドリブ郊外を走る1台のバイク。上空からその動きを追っていた米軍のドローン(無人攻撃機)がミサイルを発射し、バイクに命中した。乗っていた男性はバラバラになって即死。
【動画】ミサイル着弾の瞬間の映像。車内で歌を歌っていた様子を息子が撮影していたところに、すぐそばで爆発。煙のなか、悲鳴が上がる。(撮影:息子マフムードさん)
家族を乗せた車で現場を走っていたアハマド・カスムさん(52)は、爆発に巻き込まれた。
「私の車がバイクに近づいた時、大きな衝撃とともに砂煙に包まれた」
アハマドさんの車も被弾し、妻と4人の子どもも負傷。爆発が米軍のミサイルによるものだったと、病院で知った。
◆「なぜ家族がこんな目に」
2年前、アハマドさん一家は、アサド政権の政府軍の攻撃から逃れ、国内避難民になった。爆撃してくるのは、政府軍か、それを支援するロシア軍だった、と話す。
「アメリカの攻撃で家族がこんな目に遭うなんて」
◆米軍が標的人物を「幹部」と誤認か
イドリブは反体制派が統治する地域で、周辺では政府軍との戦闘がいまも続く。シャム解放機構などイスラム武装各派の拠点ともなっていて、外国人戦闘員も入り込んでいる。アメリカは、テロ組織の幹部とみなした人物を追跡し、幾度も空爆で殺害してきた。
12月のドローンでの作戦について米国防総省は、「死亡したのはアルカイダ関連組織フッラース・アル・ディンの幹部」と発表した。
フッラース・アル・ディンは、シャム解放機構の分派として知られる。殺害されたバイクの男性は、イドリブ出身のムサブ・キナンさん(20)だった。
知人の青年は、「彼は過去に運転手や警護をしていた程度で、幹部などではない」と証言する。1年前に組織を離れ、その後は地元大学の法学部に通い、別の学部に入り直す準備をしていたと、ムサブさんの兄は言う。
「新たに勉強を始めた矢先のことだった」
米軍が殺害作戦を実行する場合、地元協力者の情報や通信傍受などで標的が選定される。ムサブさんが幹部と誤認されたのか、組織への警告だったのか、真相はわからない。ただ、民間人の車両がバイクのそばにいるのを分かったうえで、ミサイルは発射されたものとみられる。
◆「テロとの戦い」の陰で
アメリカ史上最長の20年におよんだ戦争、「テロとの戦い」は、昨年夏の米軍のアフガニスタン撤収と、タリバン政権復活で振り出しに戻った。一方、シリアをはじめ、他国の領空内でのドローンや戦闘機による空爆は続いている。「テロとの戦い」のなかで繰り返された誤爆や住民の巻き添え被害への怒りは、反米感情を増幅させる皮肉な結果ともなった。
2019年、イドリブ北部に潜伏していた過激派組織「イスラム国(IS)」のバグダディ指導者は、米軍特殊部隊の急襲で自爆死。今月3日には、その後継者とされるアブ・イブラヒム・アル・ハシミ指導者も潜伏先を特定され、米軍特殊部隊に追い詰められて自爆死した。アメリカにとって「成功」した作戦は大きく伝えられるが、誤爆の被害実態が明るみに出ることは少ない。
◆誤爆や巻き添え被害者の調査や補償なく
地元記者によると、イドリブではこの2年間だけで、8回の米軍の爆撃があり、18人が死亡、うち4人は子どもを含む民間人だった。米軍は巻き添え被害者への謝罪も補償もしていない。米軍の軍事作戦が、ISのような過激組織を一定程度封じ込めたのは事実だ。だが、人道と正義の名のもとに「対テロ作戦」が展開されてきたなか、誤爆や巻き添え被害の調査や補償、その責任追及はどれだけなされてきただろうか。
「国民の命をかえりみないアサド政権を批判したアメリカが、市民の犠牲をいとわず爆弾を落とす。どの国も信じられなくなった」
攻撃に巻き込まれたアハマドさんは、そう嘆いた。
※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年2月1日付記事に加筆したものです。
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