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◆スウェーデンとフィンランドのNATO加盟にトルコが反対
ロシア軍のウクライナ侵攻をめぐり、スウェーデンとフィンランドがこれまでの中立政策を転換し、NATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請した。バイデン米大統領も後押しする意向だ。一方、トルコは両国のNATO加盟に反対を表明、両国がPKK(クルディスタン労働者党)を支援していると主張する。(玉本英子)
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◆クルド難民受け入れてきたスウェーデン
かつてトルコでは、クルド人の存在や言語は認められなかった。これに対し1980年代半ばから武装闘争を開始したのがPKKだ。支持する住民もいたが、爆弾事件も引き起こすなどして、一般市民に犠牲も出た。治安部隊はPKKを「テロ組織」とみなし、掃討戦を繰り広げ、数千の村が破壊された。故郷を追われ、難民となってヨーロッパへ逃れた者もあいついだ。
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1990年代、トルコ南東部では治安部隊とPKKの戦闘が激化。トルコ軍に村を破壊されたり、衝突に巻き込まれたりして、多くのクルド住民が避難民に。一部はヨーロッパに難民として受け入れられた。写真はトルコ南東部からイラク、マハムールに逃れたクルド難民。(2006年・イラク・玉本英子撮影)
スウェーデンは多くのクルド難民を受け入れてきた国の一つだ。行政機関で難民の通訳を務めたイラク出身のクルド人、サバハ・ラボ氏(39)は言う。
「クルド人の人権状況に、スウェーデン政府も社会も同情的だ。難民受け入れ政策が変わることはないだろう」
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◆トルコがNATO加盟問題を「政治カード」に
スウェーデンのアンデション首相は、「PKKに資金も武器も援助していない」とし、難民支援とは一線を引いている。
ラボ氏は、トルコの意図をこう指摘する。
「エルドアン大統領は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題を政治カードに使っている。欧米諸国がトルコの強硬なPKK政策に反発しにくくなると同時に、プーチンには、両国のNATO加盟に反対したと示せる。双方に対し、存在感を高めることができる」
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◆市民の犠牲が繰り返される懸念
シリア北部にはクルド主導のシリア民主軍が展開している。トルコは民主軍を「PKKと一体のテロ組織」とし、国境をはさんで対峙する。2018年以降、トルコ軍とその支援を受けたシリア反体制派は、民主軍の地域を次々と制圧した。
空爆で夫を亡くし、瓦礫の中から救出された重傷の女性、砲撃で亡くなった住人の血が残る家。戦闘が始まれば、力のない市民にはどうするすべもない現実を、私は取材現場で目の当たりにした。
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◆ISと戦ったシリア・クルド主導勢力
民主軍は過激派組織「イスラム国」(IS)と最前線で戦った。国際社会の脅威だったIS掃討のため、アメリカは民主軍を支援し、武器を供与した。
民主軍は多大な犠牲を出しながらも、シリアのIS拠点をほぼ壊滅させた。だが民主軍排除を狙ったトルコの越境攻撃では、トランプ政権(当時)は民主軍側との合意を翻し、国境地帯の米軍を撤収させ、結果的に見捨てる形となった。
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「これまで繰り返されたトルコ軍の侵攻ではアメリカにもロシアにも裏切られた。自分たち自身で戦うしかない」と話すイスメット・ハサン、コバニ防衛委員長。(2014年・シリア、コバニ・玉本英子撮影)
◆トルコ軍のシリア再侵攻計画、迫る新たな戦火
今、再びトルコ軍による北部地域への侵攻の可能性が高まっている。シリア北部コバニの防衛委員長、イスメット・ハサン氏(60)は、苦渋をにじませる。
「私たちはアメリカにもロシアにも裏切られた。住民とこの土地を守るには、自分たち自身で戦うしかない」
その言葉は、国がなかったゆえに、後ろ盾を持てなかったクルド人の置かれた状況を映し出す。
ウクライナ侵攻に抗議の意思を示した国際社会は、なぜシリア侵攻には沈黙するのか。自分たちはまた見捨てられるのか。住民に新たな戦火が迫りつつある。
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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年6月14日付記事に加筆したものです)