◆スウェーデンとフィンランドのNATO加盟にトルコが反対
ロシア軍のウクライナ侵攻をめぐり、スウェーデンとフィンランドがこれまでの中立政策を転換し、NATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請した。バイデン米大統領も後押しする意向だ。一方、トルコは両国のNATO加盟に反対を表明、両国がPKK(クルディスタン労働者党)を支援していると主張する。(玉本英子)
◆クルド難民受け入れてきたスウェーデン
かつてトルコでは、クルド人の存在や言語は認められなかった。これに対し1980年代半ばから武装闘争を開始したのがPKKだ。支持する住民もいたが、爆弾事件も引き起こすなどして、一般市民に犠牲も出た。治安部隊はPKKを「テロ組織」とみなし、掃討戦を繰り広げ、数千の村が破壊された。故郷を追われ、難民となってヨーロッパへ逃れた者もあいついだ。
スウェーデンは多くのクルド難民を受け入れてきた国の一つだ。行政機関で難民の通訳を務めたイラク出身のクルド人、サバハ・ラボ氏(39)は言う。
「クルド人の人権状況に、スウェーデン政府も社会も同情的だ。難民受け入れ政策が変わることはないだろう」
◆トルコがNATO加盟問題を「政治カード」に
スウェーデンのアンデション首相は、「PKKに資金も武器も援助していない」とし、難民支援とは一線を引いている。
ラボ氏は、トルコの意図をこう指摘する。
「エルドアン大統領は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題を政治カードに使っている。欧米諸国がトルコの強硬なPKK政策に反発しにくくなると同時に、プーチンには、両国のNATO加盟に反対したと示せる。双方に対し、存在感を高めることができる」
◆市民の犠牲が繰り返される懸念
シリア北部にはクルド主導のシリア民主軍が展開している。トルコは民主軍を「PKKと一体のテロ組織」とし、国境をはさんで対峙する。2018年以降、トルコ軍とその支援を受けたシリア反体制派は、民主軍の地域を次々と制圧した。
空爆で夫を亡くし、瓦礫の中から救出された重傷の女性、砲撃で亡くなった住人の血が残る家。戦闘が始まれば、力のない市民にはどうするすべもない現実を、私は取材現場で目の当たりにした。
◆ISと戦ったシリア・クルド主導勢力
民主軍は過激派組織「イスラム国」(IS)と最前線で戦った。国際社会の脅威だったIS掃討のため、アメリカは民主軍を支援し、武器を供与した。
民主軍は多大な犠牲を出しながらも、シリアのIS拠点をほぼ壊滅させた。だが民主軍排除を狙ったトルコの越境攻撃では、トランプ政権(当時)は民主軍側との合意を翻し、国境地帯の米軍を撤収させ、結果的に見捨てる形となった。
◆トルコ軍のシリア再侵攻計画、迫る新たな戦火
今、再びトルコ軍による北部地域への侵攻の可能性が高まっている。シリア北部コバニの防衛委員長、イスメット・ハサン氏(60)は、苦渋をにじませる。
「私たちはアメリカにもロシアにも裏切られた。住民とこの土地を守るには、自分たち自身で戦うしかない」
その言葉は、国がなかったゆえに、後ろ盾を持てなかったクルド人の置かれた状況を映し出す。
ウクライナ侵攻に抗議の意思を示した国際社会は、なぜシリア侵攻には沈黙するのか。自分たちはまた見捨てられるのか。住民に新たな戦火が迫りつつある。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年6月14日付記事に加筆したものです)