ミャンマーで拘束されたドキュメンタリー作家の久保田徹さん(26)は、現在3つの罪で起訴されている。そのひとつが、観光ビザで入国して取材をしたとされる入国管理法違反だ。しかしミャンマーではこの法律に限らず、網の目のようにメディアの取材を弾圧するための規制があり、取材活動そのものが取り締まりの対象となっている。このことについて説明したい。(北角裕樹・ジャーナリスト)
◆先逮捕…「観光ビザで取材した」との理由は後付け
久保田さんを拘束したミャンマー国軍側が「観光ビザで入国した」と批判したことから、インターネット上には「観光ビザで取材したなら捕まっても仕方ないのでは」という意見が散見される。一見もっともらしく聞こえるが、現地の状況がわかればその見方は一変するだろう。
まず、久保田さんの逮捕の状況を振り返る。現地の関係者によると7月30日、1分程度の短時間で解散する「フラッシュモブ型デモ」を取材した後に捜査当局に拘束されている。ミャンマーの捜査当局は、デモ隊や取材者を殴るなどして暴力的に拘束することで知られ、その際に令状は必要とされない。久保田さんは駆けつけた現場の当局者の判断で拘束されたとみられ、ビザの問題は後付けだった。
友人たちの調査によると、久保田さんは渡航前に「観光ビザがとれた」と知人に伝えている。実際のところ、昨年2月の軍事クーデター後に報道ビザが制限され、取得は非常に困難になった。ただ、政変前でも容易ではなく、大手メディアでも観光ビザやビザなしで渡航して取材することもざらだった。筆者の場合は現地に情報関連企業を設立し、経営者として商用ビザと在留許可を取得していた。
◆取材を取り締まる数々の法律
国軍は政変後、様々な手法でメディアを弾圧した。3月には独立系テレビ局やインターネットメディアから免許をはく奪して非合法化し、家宅捜索をかけ経営者や記者を逮捕した。政変後に100人以上のジャーナリストが逮捕されたとされる。ミャンマー人記者は潜伏を余儀なくされ、編集部は国境地帯や海外に拠点を移し、電話による取材や現地の協力者による映像の提供などで報道を続けている状態だ。
この国では報道を非合法化する規制が網の目にように張り巡らされている。インターネット上の言論を規制する電子取引法や電気通信法、虚偽ニュースを罰する刑法505条、機密情報を敵に流すことを禁じる国家機密法のほか、反テロ法や非合法結社法が言論弾圧に利用されている。当局はこれらの法律を拡大解釈し、事実上いつでも記者を逮捕できる状態に置いているのだ。
◆CNNの取材で11人逮捕
この国で海外メディアが当局の管理下で取材をしようとすると、どういう事態になるか、ひとつの例を紹介したい。政変後の昨年3月末にミャンマー入りした米テレビ局CNNの名物記者、クラリッサ・ワード氏のケースだ。
彼女のクルーは厳重な当局の監視下に置かれ、どこに行くにも当局の「エスコート」が付き添うありさまだった。その一方で米国の巨大メディアが取材に訪れたとあって、民衆は熱狂的に歓迎。自分たちの声を届けようとヤンゴンの各地でCNN支援デモが繰り広げられた。市民らは次々と、当局に見張られていたワード記者に近づき、自分たちが民主主義を求めていること、国軍の発表が嘘であることなどをまくし立てた。
その結果、ワード記者が取材した11人が逮捕されてしまった。クルーがまだヤンゴン滞在中の出来事で、ワード記者は激怒。インタビューしたゾーミントゥン報道官に即時解放を要求した。市民は後に解放され、CNNはこの勇気ある市民たちの様子を生々しくレポートした。
◆規制の網かいくぐって現場に入る必要
報道ビザを取得したメディアのすべてがこのように厳重な監視下に置かれるわけではない。だが、報道ビザの取得には、事前に行動計画を提出する必要があり、取材先を危険にさらすことにつながる。報道ビザでヤンゴン入りしながら、取材先とは会わずにオンラインで取材する大手メディアの記者も少なくない。
もちろん、観光ビザで取材することにはリスクがあるし、実際に久保田さんは訴追される結果となった。ただ、取材自体が非合法化されているような国で取材しようと思えば、どうしても危険は残るのだ。リスクをゼロにしようと思えば、取材を断念するしかない。
この網を何とかかいくぐり、取材を続けようとする外国人記者もミャンマー人記者も確かにいるのだということを理解してほしいと思う。
北角裕樹(きたずみ・ゆうき)
ジャーナリスト、映像作家。1975年東京都生まれ。日本経済新聞記者や大阪市立中学校校長を経て、2014年にミャンマーに移住して取材を始める。短編コメディ映画『一杯のモヒンガー』監督。クーデター後の2021年4月に軍と警察の混成部隊に拘束され、一か月間収監。5月に帰国した。
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