20年前の9月17日に小泉純一郎―金正日会談で明らかになった北朝鮮による日本人拉致は、被害者家族が来日を果たした2004年以降、一寸の進展もないまま膠着が続く。金正日―金正恩政権の「拉致問題は解決済み」という不誠実な態度にその最大の原因があったのは言うまでもない。だが、日本政府の「圧力重視」政策は結果を出すことができず、「協議によってしか前に進められない」というのが、この20年の結論であった。コロナ後を見据えて、今から協議の土台作りをすべきではないか。

◆北朝鮮は今どうなっているのか

北朝鮮のコロナ対策は過剰。中国との国境の川・鴨緑江の川辺無許可で出ることもできない。防護服を着て堤防修復作業をしている。2020年10月に中国側から撮影アジアプレス

北朝鮮は今、非常事態にある。言うまでもなく新型コロナウイルス・パンデミックのためだ。2年半以上にわたって国境を閉じ、外国との人の往来はほぼ完全に途絶してしまった。自国の外交官やビジネスマンですら一切出入国を止めている。海外から葉書一枚届かない状態が続いている。

ウイルス流入を恐れて貿易を強く制限したため、生活必需品や医薬品、工業原材料の不足は深刻で、生産や流通が麻痺して経済が急速に悪化、脆弱層の中には飢えや病気で死亡する人が出ている。

金正恩政権はパンデミックの嵐が過ぎ去るのを、閉じこもってじっと待ち、国内の統治秩序に乱れが生じさせないことだけに集中しているように見える。対日協議は、今の金正恩氏の頭の片隅にでもあるだろうか。

コロナ終焉と金正恩氏の心変わりだけをただ待っていても、膠着が延々と続くだけだろう。パンデミック後を見据えて協議再開の土台作りをすべきではないか。

◆「圧力外交」の見直しを

小泉訪朝時に金正日政権が謝罪とともに通告した「拉致被害者は5人生存、8人死亡」という「調査結果」なるものに、日本社会は大きな衝撃を受け、北朝鮮に対する「報復・懲罰感情」が渦巻いた。この国民感情が、その後の対北朝鮮外交を強く拘束することになってしまう。

その経緯については拙稿 
「怒りだけでは進まなかった拉致問題 安倍政権は協議の行程表を出すべし 家族は高齢化で待ったなし」

日本独自の経済制裁関連法が発動されたのは2006年7月の小泉政権末期。北朝鮮が連続してミサイル発射実験をおこなったことが理由だった。次いで同年10月、北朝鮮が初の地下核実験を行ったことに対して、発足直後の第一次安倍政権が強度を高めて発動する。

だが、安倍晋三首相(当時)は「拉致解決への圧力も発動の理由の一つだ」と公言して憚らなかった。核・ミサイル開発に対して始まった制裁は、拉致もその理由であるとひとからげにされ、それが日本社会のコンセンサスのようになってしまった。北朝鮮は、経済制裁の解除が協議再開の条件だと主張した。

しかし、当時の日朝間の経済関係を見ると、制裁に北朝鮮に政策を変更させるパワーがないのは明らかだった。「制裁関連法」が制定される前年の2003年度でも、北朝鮮の貿易は韓中の2国で約7割を占め、日本は送金を含めても1割強のシェアしかなかったのだ。

◆「制裁で拉致解決」煽った安倍、石原、西村ら政治家

それでも安倍氏は「制裁は効果がある」と主張し続けた。また「日本が制裁を科せば北朝鮮は大打撃を受けるので拉致問題は解決に進む」という政治家の無責任で荒唐無稽な主張が跋扈した。

制裁の発動は、日本社会の報復・懲罰感情を満足させて「溜飲を下げさせる」効果はあったかもしれないが、拉致問題の前進には役立たなかったことは、発動後16年間の経過を見れば明らかだろう。

日本独自の制裁は北朝鮮が核実験を行うたびに強化された。ヒト・モノ・カネの動きはほぼストップし、ついに制裁項目は天井に突き当たってしまった。

2014年5月、独自制裁を一部解除することで協議がようやく再開した。ストックホルム合意である。だが、約1年半後の2016年1月に北朝鮮が4度目の核実験を、2月にはミサイル発射実験を実施したことで、安倍政権は制裁措置を復活・強化させた。以降、協議らしい協議は行われることなく今日に至っている。

●現在発動中の主な北朝鮮制裁
①すべての北朝鮮籍船の日本入港禁止、北朝鮮の港に寄港したすべての船舶の日本入港禁止
②北朝鮮向け輸出入の全面禁止
③大量破壊兵器や弾道ミサイルの計画などに関わる団体や個人の資産凍結
④北朝鮮国籍者の入国を原則禁止、北朝鮮への渡航自粛要請、在日の北朝鮮当局職員が北朝鮮に渡航した場合の再入国原則禁止(実質的に朝鮮総連の幹部が対象)
⑤対北朝鮮措置に違反した外国人船員・在日外国人の再入国等の原則不許可
⑥北朝鮮居住者に対する支払等の報告下限額の引下げ(1000万円→300万円)
⑦北朝鮮を仕向地とする現金等の持ち出し、送金の届出下限額の引下げ(30万円→10万円)
⑧北朝鮮に対する国連制裁対象貨物を積載した船舶に対する貨物検査

★新着記事