北朝鮮北部の都市部で、一家全員が姿を消したり、農村に行って放浪生活をしたりするようなケースが相次いでいる。経済麻痺で現金収入が途絶えて困窮し、都市生活を放棄する住民が増えているのだ。北部地域に住む複数の取材協力者が伝えてきた。(カン・ジウォン)
◆突然の失踪が増加
「突然、行方が分からなくなる人がたくさん出ている。毎日のように人民班長が家々を回って住民たちの動向を確認しているのに、どこに行ったかわからないのだ。私の人民班でも先日、家族3人がいなくなってそれきりだ。はたして中国に逃げたのか、食べる物を探しに農村に行ったのか、山に入ったのか…」
中国との国境に近い咸鏡北道(ハムギョンプクド)の茂山(ムサン)郡の協力者が9中旬にこのように伝えてきた。
※人民班は最末端の行政組織で、概ね20~30世帯程で構成。町役場に相当する洞事務所からの指示を伝達し、住民の動向を細部まで把握して当局に報告する役割を担っている。
両江道(リャンガンド)の中心都市・恵山(ヘサン)市氏でも同様だ。「行方をくらませたり、農村を放浪したりする人が増えている」と、恵山在住の協力者は言う。
◆農村で物乞いする都市住民も
原因は困窮だ。2020年1月に新型コロナウイルス・パンデミックが始まって以降、金正恩政権は国境を封鎖して中国との貿易をほぼ止めてしまった。国内でも移動や物流、商行為に対する統制が強まったせいで、都市住民のほとんどが現金収入を激減させてしまった。貯えが底をつき、家財道具を売り払った最貧層が、最後の選択として、都市を離れているのだ。
「一家で人気のない深い山奥に入ってひっそり畑を作る場合が多い。時々麓に降りて個人の庭の作物を盗むこともあるようだ。また労働者の中には、職場に病気欠勤の届けを出しておいて離脱し、農家を回って食べ物乞いをしたり農場で盗み働いたりして捕まる人が増えている」
恵山市の協力者の説明だ。
このように居住地を許可なく離れて暮らす人たちを、当局は「放浪者」に分類し、秩序を乱す者としてパンデミック発生以降、厳しく取り締まってきた。しかし「放浪者」は増える一方で、当局も手を焼いているという。協力者は状況を次のように説明する。
「警察が山の中に分け入って『放浪者』捜探索をしている。ただ、むやみに捕まえても、元の家に返すとまた出て行ってしまうのだそうだ。それに拘留期間や強制労働の処罰を科している間は食べさせないといけない。最近は、捕まってもいいから放浪に出ようという人もいる。なぜなら、塩汁にトウモロコシ粉の飯でも1日1~2食は食べさせてくれるから」
◆一家心中する悲劇も
協力者たちが当局者に聞いたところでは、万策尽きても脱北したというケースほとんどないという。国境の川は近寄ることもできないほど警備が厳しいからだ。
一方、暮らしに絶望した人が自ら命を絶つ悲劇もしばしば起こっているという。茂山郡の協力者は、「最近、近隣で殺鼠剤を飲んで自殺した家庭がいくつかあった」と述べた。
恵山市の協力者は「渭淵(ウィヨン)洞で、シングルマザーが9歳になる息子と心中した事件が6月にあった。人民班の人間が部屋に入ると、家財はまったく何もなく、焚きものにするために床板まで剥がした状態だったそうだ」と伝えた。
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。