◆激しい砲撃戦
突然、ドーンと、重い音が響いた。
「砲撃だ!」
セルゲイさんが声を荒らげ、退避壕に駆け込む。農家の地下の納屋を補強して作ったものだ。再び大きな音が響いた。今度は、ウクライナ軍側の砲兵部隊の反撃だ。
この前線の砲兵部隊が使うのは、M777・155ミリ榴弾砲。アメリカから供与されたものだが、オレグ隊長は厳しい顔つきだった。
「ロシア軍はふんだんに砲弾があって、1日400発撃ち込んでくる。こちらは砲弾も足りず、40発も撃てない。限られた目標を狙うしかない」
偵察ドローンが撮影したロシア軍陣地の画像を、軍用タブレットで見せてもらった。戦車や自走ロケット砲がいくつも配置され、コンクリートのトーチカから長い塹壕が掘り進んであった。
欧米メディアでは、「ロシア軍の損失は甚大で、兵員不足で士気も低い」とも報じられる。だが、ウクライナ兵は、ロシア軍を決して侮ってはいなかった。
◆不条理な戦争と国際社会
「今、銃を持ったやつらが私たちの家に押し入って、家族を殺し始めたのに、『これで何とかして』と周囲の人たちが差し出したのは木の棒だ」
隊長は語気を強めた。
「各国が外交ゲームを繰り返し、市民と兵士が犠牲になってきた」
この戦いでは、双方の兵士に多数の犠牲が出ている。すぐ向こうの塹壕で身を潜めるロシア兵たち。ウクライナでの「作戦」を、どう自分に納得させ、戦っているのか。
21世紀のヨーロッパで起きた不条理な戦争。それを止めることができなかった国際社会。
兵士たちがふるまってくれたコーヒーが、苦く感じられた。無人になった村に、双方の砲撃の音だけが響き渡っていた。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年9月27日付記事に加筆したものです)
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