◆激しい砲撃戦

突然、ドーンと、重い音が響いた。

「砲撃だ!」

セルゲイさんが声を荒らげ、退避壕に駆け込む。農家の地下の納屋を補強して作ったものだ。再び大きな音が響いた。今度は、ウクライナ軍側の砲兵部隊の反撃だ。

この前線の砲兵部隊が使うのは、M777・155ミリ榴弾砲。アメリカから供与されたものだが、オレグ隊長は厳しい顔つきだった。

「ロシア軍はふんだんに砲弾があって、1日400発撃ち込んでくる。こちらは砲弾も足りず、40発も撃てない。限られた目標を狙うしかない」

退避壕は農家の地下の納屋を補強したもので、兵士が寝泊まりするベッドもあった。砲弾が着弾するたびに、この地下の退避壕に兵士とともに駆け込む。ほぼ10分おきにここに避難するほど砲撃が続いた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)
ロシア軍の砲弾の破片。この村には、榴弾砲や、グラート砲、スメーチなど自走砲からの砲撃が多く、ミコライウ市内の住宅地には、砲撃に加え、S-300地対空ミサイルを地上目標に設定しなおして撃ち込んでくるという。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

偵察ドローンが撮影したロシア軍陣地の画像を、軍用タブレットで見せてもらった。戦車や自走ロケット砲がいくつも配置され、コンクリートのトーチカから長い塹壕が掘り進んであった。

欧米メディアでは、「ロシア軍の損失は甚大で、兵員不足で士気も低い」とも報じられる。だが、ウクライナ兵は、ロシア軍を決して侮ってはいなかった。

左端の兵士が肩からかけているのが軍用タブレット。偵察ドローンとセットで使う。ロシア軍陣地を撮影した画像を見せてもらった。複数の戦車や自走砲、トーチカ、塹壕線があり、偵察小隊は位置を詳細にマーキングしていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

◆不条理な戦争と国際社会

「今、銃を持ったやつらが私たちの家に押し入って、家族を殺し始めたのに、『これで何とかして』と周囲の人たちが差し出したのは木の棒だ」

隊長は語気を強めた。

「各国が外交ゲームを繰り返し、市民と兵士が犠牲になってきた」

市民から届いた兵士を激励するカード。兵士へのメッセージには「夜明け前の最も暗き闇の時間…私たちは信じ、待ちます」「皆さんは私たちの希望」「無事を祈っています」とあった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

この戦いでは、双方の兵士に多数の犠牲が出ている。すぐ向こうの塹壕で身を潜めるロシア兵たち。ウクライナでの「作戦」を、どう自分に納得させ、戦っているのか。

21世紀のヨーロッパで起きた不条理な戦争。それを止めることができなかった国際社会。

兵士たちがふるまってくれたコーヒーが、苦く感じられた。無人になった村に、双方の砲撃の音だけが響き渡っていた。

土埃をあげて進むウクライナ軍の戦車。兵士の士気は高いが楽観的ではない。欧米からの武器支援はあるものの、前線の現場では武器・弾薬不足のなかで、装備で圧倒するロシア軍と戦っていることに苦しい心情を吐露するウクライナ兵たちも少なくなかった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
ミコライウ北東地帯を取材した際の8月時点の状況。取材したウクライナ軍拠点はミコライウとヘルソンにまたがる農村地帯。ヘルソンはロシア軍の支配下にある。(地図作成:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年9月27日付記事に加筆したものです)

 

★新着記事