久保田徹さんの短編ドキュメンタリー「EMPATHY TRIP(エンパシートリップ)」の宣伝用画像(久保田徹さん提供)

◆ロヒンギャ作品制作知って取調官の態度一変

拘束1日目は人定質問など型通りの取り調べで終わり、この日はエアコンの効いた署長室で一泊した。そして翌日から本格的な取り調べが始まる。事情聴取の中で、取調官が久保田さんの名前でネットの検索を始めた。

取調官が見つけたのが、ロヒンギャ問題をテーマにした過去の短編ドキュメンタリー「EMPATHY TRIP(エンパシートリップ)」だ。ミャンマーの地元メディアの記事になっていたので発見されたのだった。

それを見た取調官の態度は一変。「虫唾が走る、というようなジェスチャーをして、あからさまに嫌悪感を示すようになった」と久保田さんは説明する。取調官は「誰から金をもらった」と詰め寄り、沈黙する久保田さんを指で小突いたという。

「エンパシートリップ」は、ミャンマー西部ラカイン州に住むイスラム系住民ロヒンギャに対する、ミャンマー人の差別とそれを乗り越えようとする人々を描いた作品だ。ミャンマー人の平和活動家がバングラデシュのロヒンギャの難民キャンプを訪れるストーリーだ。なお、久保田さんは今回の拘束以前も、ヤンゴンでデモ鎮圧現場に居合わせたことがあり、そのシーンも同作品に盛り込まれている。

久保田さんにとって、ロヒンギャ問題は学生時代から取り組んできたライフワークのひとつだった。慶応大学の国際協力サークルで、群馬県館林市のロヒンギャ社会を訪れたことが「自分の原点」と話しており、帰国後には館林市で在日ロヒンギャの人たちと共に記者会見を行っている。

このロヒンギャ問題は、国軍にとって触れられたくないタブーであると同時に、「国際社会からいわれなき批判を受けている」という被害妄想のもとにもなっている。ロヒンギャに対してミャンマー政府は歴史的に法律上の土着民族と認めず、バングラデシュからの違法な移民だとして国籍を与えない不当な措置をとってきた。

2017年にはロヒンギャ系武装組織の蜂起をきっかけとして国軍が大規模な掃討作戦を行い、住民が虐殺されるなどして70万人をこえる難民が隣国バングラデシュに逃れた。

この掃討作戦に対して、国際社会は「ジェノサイド(集団殺害)だ」とミャンマーを批判。
当時の外相だったアウンサンスーチー氏が国際司法裁判所(ICJ)の証言台に立ち、ジェノサイドであることを否定するが、それに反してICJは再発防止をミャンマー政府に命じる仮処分を出す。こうした経緯から、ミャンマーの当局者には、外国人がロヒンギャ問題をことさら大きく取り上げてミャンマーを批判しているという、ゆがんだ認識がある。

11月26日、在日ロヒンギャとともに館林市で記者会見した久保田徹さん(北角裕樹撮影)

◆「上官に報告する」消えた早期解放

こうした国軍側の認識に立てば、この「エンパシートリップ」は、ミャンマーの威信を貶める許されざるものだと感じられたに違いない。久保田さん自身、この反応を珍しいものとは思わなかったと言い、「ミャンマーの典型的なイスラモフォビア(イスラム教に対する嫌悪や恐怖)だ」と指摘している。

取調官は久保田さんに「これは上官に報告させてもらう」と告げた。これが事実上、久保田さんの早期解放の目が消えた瞬間だった。取調官は「お前がこれから行くところは地獄のようなところだぞ」と言い残したという。その言葉通り、この夜から久保田さんは劣悪な留置所に収容されることになるのだが、そのことについては次回に詳報したい。(続く)

北角裕樹(きたずみ・ゆうき)
ジャーナリスト、映像作家。1975年東京都生まれ。日本経済新聞記者や大阪市立中学校校長を経て、2014年にミャンマーに移住して取材を始める。短編コメディ映画『一杯のモヒンガー』監督。クーデター後の2021年4月に軍と警察の混成部隊に拘束され、一か月間収監。5月に帰国した。久保田徹さん拘束中は、解放を求める記者会見を開くなど支援活動を行った。

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