◆「美しかったマリウポリが“死の町”に」
「美しかったマリウポリのほとんどが破壊され、“死の町”になりました」 スヴェトラーナさんはうなだれた。
かつてチェロを習っていたアリーサさん。オデーサに避難後、報道で見た写真が忘れられない。チェロの発表会で演奏したコンサートホールのステージに、鉄格子が作られていたのだ。
ロシア軍と親ロシア派勢力が、アゾフスターリ製鉄所の攻防戦で捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。国連の人権機関はこれに懸念を表明。だが、マリウポリのロシア支配は進みつつある。
オデーサに逃れてからも、アリーサさんはふさぎ込む日が続いた。
学校の担任教師や知人らが亡くなったと聞いたからだ。祖父母はロシア軍支配下の町にまだ残ったままで、国外や国内各地に避難した同級生たちとは離れ離れになった。
いまでもよく悪夢にうなされる。迫りくる砲撃から逃げようと、必死にもがくのだという。
◆アニメと漫画が心の支えに
アリーサさんは言った。
「戦争は本当に恐ろしい。大切な人への感謝の気持ちを忘れないようにしたい。その人や私が、明日にはいなくなってしまうかもしれないから」
母スヴェトラーナさんは、オデーサでアニメショップを探し、娘を連れて行った。ショップの店長は、アリーサさんの傷ついた心を少しでも癒すことができればと、店を手伝ってもらうことにした。
アニメショップのカーチャ店長はこう話す。
「いま、戦争下の過酷な現実のなか、アニメや漫画がほっとした気持ちにさせてくれる、心が創造的になる、と感じる若者が少なくありません」
アニメと漫画がアリーサさんの支えになり、悲しみで灰色だった心に、少しずつ彩りが戻った。
大好きな「ギヴン」のギタリストにあこがれ、アリーサさんはギターを習い始めた。
「いつか親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開きたい」 その時だけ、彼女は優しい笑顔を見せた。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月1日付記事に加筆したものです)