「食べ物が足りない上、先輩兵士に殴られた」と言って民家に逃げ込んで来た若い兵士。2013年7月北部地方で撮影アジアプレス。

北朝鮮では軍入隊手続きのことを「招募」という。もとは新兵募集のことだが、義務兵役制なので実質的には徴兵手続きである。服務期間は年毎に決められる。今年の場合、原則男子は8年、女子は志願制の5年だ(アジアプレス調べ)。高級中学校(高校にあたる)卒業時、進学しない生徒の大半が入隊するが、今年は入隊を忌避しようとする者が例年以上に多く、当局は処罰をちらつかせて締め付けに躍起になっていることが分かった。背景に軍入隊のメリットが薄れたうえ、「核強国」であることを国内で宣伝しすぎた影響があるという。どういうことなのか? (カン・ジウォン/石丸次郎

◆窮乏する親は息子・娘の見送りもできない

「招募」行事は毎年3月末から4月初旬にかけて数次にわたって行われる。新しい軍服に袖を通した新兵が各地で集められ、街中をパレードしながら配属先に送られて行く。手塩にかけて育てた息子・娘が親元から巣立つ瞬間であり、親たちは別れを惜しんで送りだす。北朝鮮の春の恒例行事だ。

ところが、今年は、住民の窮乏と社会統制強化を反映して異変が起こっているという。

昨年来、金正恩政権は進学を奨励しており、大学や専門学校に入ると入隊が猶予される。北朝鮮で高級中学卒業後の大学進学率は2~3割程度(除隊後に進学するケースもある)。

「少し余裕のある家では進学させて軍に送らないようにする。一方の貧しい家庭では、まともに食べさせられないので、息子を軍隊に行かせればなんとか食事にありつけるだろうというのが親の考えだ」

北部の両江道(リャンガンド)の取材協力者Aさんは、3月末にこう伝えてきた。新型コロナウイルス・バンデミックの3年間を経た今、経済悪化で住民たちは厳しい暮らしを強いられている。脆弱層の中には、栄養失調や病気で落命する人も出ているのだ。

「雲興(ウヌン)の方から恵山(ヘサン)に『招募』行事のために来た子たちは、お金もなくて寝るところがなく、親たちが共同でなんとかお金を集めて(民家に)部屋を借りたのだが、そこの人民班から不法だと通報されて安全員(警察官)が取り締まりに出てきたので、親たちが泣きながら抗議していた。また、農村の親の中には子供の『招募』行事に同行できず、トウモロコシ10キロを背負わせて送った家もある。一緒に行きたくてもお金がないのだ」

新兵入隊の行事は全国で大々的に行われる。写真は2006年に撮影された清津市での歓送行事の様子。撮影リ・ジュン(アジアプレス)

◆入隊忌避を厳しく取り締まり

今年は入隊忌避が大きな問題になっているという。同じく両江道(リャンガンド)の取材協力者Bさんは次のように言う。

「家庭の窮乏や持病などを口実に軍入隊から逃れようとする者に対して、政府は厳しく統制する方針だ。製紙工場の労働党委員会では、若い従業員の『招募』を忌避するのを防ぐための対策会議をした。忌避した場合は農村に配置したり、(建設専門組織の)突撃隊に入隊させ、親に連帯的責任を負わせて追放するとまで言っている。

渭淵(ウィヨン)洞に住む生徒が、軍隊に行きたくなくて、病気だと言って身体検査と審査を受けず動員期日を先延ばしにしていたのだが、党組織が入隊忌避とみなして、親を党から除籍措置にした」

入隊を避けようとする傾向が強まっている理由の一つは、子供を軍服務させるインセンティブが大きく減退したからだ。一昨年、金正恩政権は男子の軍服務期間を13年から8年に大幅に短縮させたが、同時に、除隊した後に労働党に優先的に入党できる優遇措置を縮小し、除隊後の社会生活を見て入党の是非を判断するようにした。北朝鮮では、労働党への入党は社会での発展や出世のための必須条件である。

それどころか、軍を除隊した後、誰も行きたがらない農村や炭鉱に無理に配置したり、突撃隊に動員される事例が増えている。必ずしも息子、娘を軍隊に行かなさなくてもいいと考える親が増えたわけだ。当局は引き締めに躍起だ。

「私の知り合いの息子は幼い頃から病弱で、軍隊に行くと絶対に体を壊すと心配した親が、軍事動員部を何度も訪ねて懇願したが、一度登録された人員は外せないと認めなかった」とBさんは言う。 ※軍事動員部とは、兵役事務を扱う国防省隊列補充局傘下の役所のこと。

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