◆内部文書にも記されていた「放浪者増加」
北朝鮮の都市部で「コチェビ」と呼ばれる放浪者、ホームレスが増えている。家を失って路頭に迷う人、扶養を放棄された子供と老人、あるいは都市生活を放棄して放浪する人たちだ。「コチェビ」の増加に対し、当局は住民動向の徹底把握で臨んでいるが、原因が貧窮であるだけに有効な手立てになっていないという。(カン・ジウォン/石丸次郎)
◆内部文書に記されていた「放浪者増加」
アジアプレスが入手した2020年8月発行の労働党の内部文書がある。「最近放浪者たちが増えている動向」というタイトルだ。対策について、党の文書では次のように指示している。
「人民委員会(地方政府)と安全機関(警察などの公安組織)で、自己の地域で彷徨っている放浪者たちを漏れなく捉え(把握し)、救護所に送って生活を安着させ、非常防疫事業に支障を与える現象が現れないよう掌握統制を強化するように」
※( )内は筆者の補足。
この文書が発行された年の1月に新型コロナウイルス・パンデミックが始まっている。金正恩政権は中国との国境を封鎖して人とモノの出入りを徹底して制限、国内でも個人の経済活動や移動を強く規制したため、都市住民の誰もが現金収入を減らした。貯えが尽きて暮らしに窮した人は、家財を売り、借金し、最後には家まで売ることになった。
すでに3年前には経済悪化で放浪者が増加していたことを、金正恩政権の内部文書が認めていたわけだ。そして今、各地で「コチェビ」がさらに増えていることが、北朝鮮国内でのアジアプレスの調査で分かった。それは「転落」する住民が継続して発生していることを意味している。
北部の4都市で3~4月に行った調査について報告する。
◆困窮して「親捨て、子捨て」まで
〇両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市からの報告。
最近、近所でも「コチェビ」を見かけることが増えた。ほぼ老人や子供たちだ。市場の入り口で物乞いをしている。
今、生活が苦しい世帯の中には、老親にろくに食事をさせない場合が少なくない。そのため、年寄りを追い出したりが虐待したりしていないか、人民班長が確認するために家々を回っている。
離婚など家庭不和で起こると、扶養されていた老人や子供たちが放棄されてしまうケースがある。それで安全員(警察官)が人民班で家庭不和の世帯について調べている。また生活が困難な家では、子供を実家や農村の親戚の家に送るケースがあるが、本当に送ったのかそれとも捨てたのかも調査している。
渭淵(ウィヨン)洞で3月に、不和で家を出た夫婦が、70歳を過ぎたおじいさんを家に置き去りにして、2日後に遺体で発見された事件があった。この夫婦はともに「労働鍛錬隊」に送られたそうだ。子供を捨てた場合も送るそうだ。
年老いた親や子供の扶養を放棄してしまう現象が数多く現れているため、安全員が、人民班会議に来て講演した。「親を虐待したり捨てる行為は『非社会主義行為』であり、子供を学校に行かせず金稼ぎをさせたり、捨てたりする行為は法的に強く処罰する」と警告した。学校では担任教員に欠席する生徒たちの管理を徹底するよう求めている。
※人民班は最末端の行政組織のこと。地区ごとに20~30世帯程で構成。町役場に相当する洞事務所からの指示を伝達し、住民の動向を細部まで把握する役割を担う。
※労働鍛錬隊とは、社会秩序を乱したと見なされた者、軽微な罪を犯した者を、司法手続きなしで1年以下の強制労働に就かせる「短期強制労働キャンプ」のこと。全国の市・郡にあり警察が管理する。