韓国式の言葉を使ったり流布させたりした場合の最高刑は死刑――。そんなおぞましい法律を金正恩政権が制定したのは今年1月のことだった。「平壌文化語保護法」である。全文は、韓国の北朝鮮専門メディア「デイリーNK」が入手して3月に公開した。韓国の統一部に問い合わせたところ「同一のものを政府が入手し各部署で共有している」とのことだった。
「平壌文化語保護法」の運用実態が明らかになったのはこの4月になってからだ。機関、企業所、組織、学校で、大々的な「言葉狩り」が始めていることが、北朝鮮に住むアジアプレスの取材協力者たちの報告で明らかになった。
◆「言葉狩り」の実態
「平壌文化語」とは、端的に言えば北朝鮮における「標準語」のことだ。それを保護するという法律名だが、条文を一読すると韓国に対する敵意に満ち満ちており、韓国の影響が言葉を通して国内に入って来ることを極度に恐れていることが分かる。
肉親でない女性が年長の男性を「オッパ」(兄さん)と呼んだり、職位に「ニム」(様)を付けたりすることも、「傀儡式の呼び方を真似る行為」として禁じられた。
韓国式の言葉を使ったことが申告されて警察で取り調べを受ける事例が続発していると、北朝鮮に住む取材協力者は報告してきている。会話の中だけでなく、携帯電話の文字メッセージで使った文句まで調べる徹底ぶりだ。
◆金正恩氏の露骨な嫌韓姿勢
この法律制定からさかのぼること2年半前、金正恩政権が配布した「傀儡どもの言葉を模したり真似たりするゴミどもを徹底的に掃討するための対策と関連した提議書」という内部文書をアジアプレスでは入手し記事化した。
内部文書の中で金正恩氏の次のような「お言葉」を紹介している。
「青年たちの日常的な言語生活の中に、傀儡の言葉を模したり真似たりする現象が現れていることは、非常に深刻な国家的な問題、社会的な問題であると同時に、政治的に見ると我が党の展望とも関連する非常に重大な問題だ」
韓国の文化や情報=「韓流」の流入によって影響を受けた若者たちが、傀儡=韓国の言葉遣いまで真似するようになっており、それは体制を揺るがしかねない深刻な問題だという金正恩氏の危機意識が読みとれる。
この内部文書に現れていたのは、金正恩氏の徹底した嫌韓姿勢だった。それを制度的に取り締まるために整えたのが「平壌文化語保護法」だ。韓国式の言葉を使ったり流布させたりした場合は、極刑にすることまで法文に刻んだのであるから恥も外聞もない。韓国の影響を徹底して排撃するという金正恩氏の意志がどれほど強いのかがわかるだろう。(石丸次郎)