◆“予言通り”の現実でも放置される法規制
吹き付けアスベスト(石綿)のある部屋で働いていただけで中皮腫などを発症し、労災認定を受けた労働者が2021年度までに累計182人に上ることが明らかになった。厚生労働省が公表している資料を独自に集計した。(井部正之)
◆アスベスト扱わないのに被害
きわめて強い発がん物質である石綿は、吸い込んでしまうと数十年後に中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)などを発症する可能性があり、「静かな時限爆弾」と恐れられる。現在では禁止しているものの、日本は過去における石綿の使用量がアメリカに次いで世界第2位で、とくに建築材料として2006年以前の建物などに多く使われている。ほとんど石綿が原因とされる中皮腫による死者は統計をとりはじめた1995年に500人だったのが3倍増し、2021年には1635人に達した。今後もさらに増え続けると推計されている。
石綿被害による労災認定は毎年1000人前後で推移。その半数超は建築業が占める。
だが意外と知られていないが、石綿をまったく扱ったことがないオフィスワーカーなどにも石綿被害が発生していることだ。そのうち労災認定を受けた事例は集計されている。
厚労省は2005年7月以降、石綿ばく露により労災認定を受けた労働者が所属していた事業場の名称や場所、作業内容などを公表しており、2022年12月の発表までで延べ1万7001事業場に上る。
毎年公表されている同省資料のうち、吹き付け石綿のある部屋で働いていたことを示す「吹付け石綿のある部屋・建物・倉庫等での作業」だけを独自に集計した。その際、労働者の衣類などに付着した石綿を吸ってしまうなどの「間接ばく露」があり得る建設業は対象外とした。また石綿を扱う作業の周辺で働いていた間接ばく露など、複数の原因がある場合も除外。吹き付け石綿のある場所で働いていた被害だけを抽出した。
その結果、2022年12月発表の2021年度までの労災認定において、じつに178事業場で働いた計182人が石綿による健康被害を発症し労災認定されていた。疾病別の内訳は中皮腫132人、肺がん41人、石綿肺4人、びまん性胸膜肥厚4人、良性石綿胸水2人。
事業場名から見ていくと、デパートや銀行、病院、学校、生協、漁協、家具製造工場、物流倉庫、酒造メーカー、食品メーカー、カメラメーカー、出版印刷会社、ボウリング場、スキー用品製造の協同組合、コーヒーの加工販売会社など。じつに多彩な業種の人たちが単に吹き付け石綿の露出した部屋や倉庫などで働いていただけで中皮腫などを発症する健康被害を受けていることがわかる。