◆遺書に書かれた幹部批判
A氏は最近の具体的な事例を挙げてくれた。6月中旬に両江道の普天(ポチョン)郡で発覚した心中事件についてだ。遺書が残されていたため、多くの人が知ることになったという。
「6月14日頃、普天で飢えに喘ぐ父と息子が、家を売ってウサギ鍋を作ってネズミの薬(殺鼠剤)を飲んで命を絶った。人民班長が発見して安全局(警察)に通報し、役場で死体処理したのだが、遺書が残されていた」という。
遺書は次のような内容だったという。
「いくら党に忠実で誠実に働いても息子を食べさせることもできない。弱って起き上がれなくなっていく息子を見て、一人で死ぬのも辛いので一緒に死ぬ」
さらに、遺書には党の幹部を批判する内容も含まれていた。
「幹部たちは自分たちが満腹なので、下々の人たちがどんな暮らしをしているのか分かっていない」
発見者の人民班長が、家の中の様子や遺書の内容を町内の人に話したことで情報が広がったのだという。A氏によれば、両江道の中心都市・恵山(ヘサン)でも、すぐにその遺書の内容が拡散したため、当局が問題視することになった。
「どこの誰が飢え死にしたというような内容は、話すこと自体が問題になると、人民班会議を開いて警告された。安全員が来て(死体を)確認し、病院から病死したとの診断書が出ているのに、飢え死にしたとか遺書の話を言いふらすのは、敵を助ける流言飛語の類であり、家の中でもそんな話はするなと言うのだ」
発見者の人民班長は労働鍛錬隊送りになったという。
A氏は餓死や自殺の隠蔽について、次のように説明する。
「自殺する人は不満が多々あるので、幹部の悪口を言って死ぬ人が多い。最近では、(死者が出ても)人民班長が他の人を家に行かせないようにして、担当安全員を呼んで立ち会わせて医師に確認させる。洞事務所で葬儀処理するまで監督するようになった。アヘンを飲んで自殺した場合は、アヘン中毒者として扱っている。実際は飢えに耐えかねず自殺したのにと、人々は呆れている」
北朝鮮では、自殺は政権や社会に対する反対行動とみなされる。
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。