(参考写真)中学生くらいのホームレスの少女が、恵山市場の中で練炭の暖を取っている。2012年11月に撮影アジアプレス

◆5~6月に飢えと病気で死亡者増加

推定人口70~80万で、北朝鮮第2の都市である咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)の民生悪化が深刻なようだ。この2年ほどの間に、飢えや病気で死亡する人が続出し、犯罪も多発しているという情報が、北朝鮮国内で広まっている。地域間の移動が厳しく制限されたままで、咸興の具体的な実情は明らかになっていなかったが、北部地域に住むアジアプレスの取材協力者が咸興と往来する住民と接触。生々しい証言を得た。(カン・ジウォン/石丸次郎

◆情報統制で住民たちにもわからなかった実態

「咸興では相当な数の人が飢えと病気で死んでいるらしい。強盗などの凶悪犯罪や事件が多発しているようだ」

このような噂が北部地域で頻繁に聞かれるようになったのは2021年後半からだ。北朝鮮当局は2020年1月末にコロナパンデミックが発生するとすぐに中国との国境を閉鎖、国内でも人の移動を厳しく制限した。そのため、北朝鮮の人々にとっても他地域の事情がつかみにくくなっていた。

アジアプレスでは北部の都市部に暮らす取材協力者たちに咸興現地に行くことを打診したが、当局から出張や旅行の許可が出なかった。協力者のひとりA氏が次のように説明する。

「咸興の事情がかなりひどいという噂は、誰もが聞いたことがあるはずだ。しかし、状況を詳しく知ろうとするのは躊躇してしまう。最近は『流言蜚語』に対する取り締まりが厳しく、国にとって良くない情報を口にしていたと密告されて調査を受ける事例が多いからだ」

(参考写真)2005年6月の咸興駅のホームの様子。大荷物を持って商売に行き交う人々の姿だ。リ・ジュン撮影(アジアプレス)

◆5~6月に飢えと病気で死亡者増加

8月初旬、A氏は咸興と往来しているB氏と会う機会を得て現地の状況を聞いた。以下はB氏の証言を整理したものである。

「B氏によれば、咸興ではコロナの時に多くの人が死んだけれど、今年は飢え死にする人がとても多いそうだ。B氏が行き来する咸興の〇〇区域では、今年5~6月に、各人民班で平均して3人くらい死者が出ていた。洞ごとに死体の処理を専門にする作業員まで置いているそうだ。どの家も生活が苦しいので、死体は布に包んで家から出すだけで葬式もしないという」

※金正恩政権は2022年5月にコロナの発生を公式に認めたが、瞬く間に感染が広がり、数カ月間大流行したと見られる。

※人民班とは最末端の行政組織のことで、地区ごとに20~30世帯で構成される。居住者数は50~80人くらい。洞は、日本の町に該当し、20~40ほどの人民班で構成される。ひとつの洞の人口は1000~3000人程度と見られる。仮に5~6月に一人民班で3人が死亡したして単純計算すれば、死亡率は3.75~6%、一洞で60~120人が死亡したことになる。

◆強盗、タカリ、物乞い…雰囲気は殺伐

B氏の証言をA氏が続ける。

「咸興市内は殺伐としていて、私たちの住む〇〇市とは別世界のようだそうだ。昼間に咸興駅に降りるやいなや、スリやタカリが何人も集まってくる。それもこっそり盗もうというのではなく、カバンやポケットに堂々と手を入れて来るのだそうだ。刃物をちらつかせる者もいた。

金をくれとせびっても、くれないことは分かっているので、持ち物があると寄ってきて、『何が入っているのか、分けて食べて生きていこう』言って脅された。怖しかったそうだ。

安全員(警察官)や糾察隊(民間の風紀取り締まり組織)が辻々に立って警備をしているので、大声を出して通報したが、犯人は逃げようともせずに笑いながら行ってしまった。

強盗に遭うのが恐ろしく、女性だけで出歩かず、外出する時は必ず男性と一緒に通っているそうだ。自転車も強盗に盗られるので、必ず3~5人の集団で乗っていた。

沙浦(サポ)市場に行った時、共同便所の入口で男2人に金を出せと言われたので、ないと言ったら、カバンに入れていた野菜を寄こせと言われた。目つきが殺気だっているので怖くなってカバンごと渡した。市場にいた人たちは知らないふりをしていたそうだ。

コッチェビ(浮浪者)もたくさんいた。沙浦市場で20人以上は見たそうだ。また生徒たちが物乞いをするようにして物売りをしていた。ゴム紐を買ってくれと付いてくるので驚いたそうだ。

道ばたにやせ細った男たちが大勢出て座っていた。明らかに『無職者』だと思うが、取り締まりもしていないようだった」

※金正恩政権は数年前から、成人男子に国に配置された職場への出勤を強要し、無断欠勤者、職場離脱者を「無職者」とみなし、強力な取り締まりに乗り出し処罰している。

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