◆清掃後に石綿測定せず再開へ

だが、この説明はおかしい。 日本では石綿製品の製造はすでに禁止され、基本的に発生源はないはずなのだ。実際に環境省が毎年発表している測定データを精査すると、大半の地点で定量できる限度を下回る「定量下限未満」である。つまり、空気1リットルあたり0.3本であっても石綿が飛散しているというのは解体現場などの汚染源が存在するなど、異常な状況といわざるを得ない。 石綿の大気環境基準はないが、アメリカ環境保護庁(EPA)や世界保健機関(WHO)による過去の疫学調査に基づくリスク評価から「大体空気1リットルあたり0.1本程度の濃度で10のマイナス5乗(10万人に1人の死亡)ぐらいの生涯リスクが発生する」と2012年に環境省の石綿飛散防止専門委員会で報告されている。国も含め異論は出ていない。 じつはこれは石綿のうち発がん性が低いとされる白石綿のリスク評価で、クロシドライト(青石綿)やアモサイト(茶石綿)など角閃石系の石綿はもっとリスクは高くなる。そのため、仮に同0.3本の石綿を吸い続けた場合、ざっくりいって白石綿であっても10万人に3人が、予後が非常に悪い中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)を発症する可能性がある。 もちろん施工時にははるかに高濃度の飛散があったとしてもおかしくない。ところが市の認識不足が初動の遅れを招き、さまざまな事実確認すら困難になった。あげくに調べればわかる、1週間以上たってからの石綿の有無や濃度すら調べず、安全を主張するのはおかしいといわざるを得ない。 しかも市によれば、一度空気を測定した6日以降に改めて園舎内すべての部屋や廊下の床などをぬれぞうきんで清掃させたというのだが、その後には石綿飛散がないかどうかの空気測定をしていなかった。 清掃作業をやり直したということは、その際に石綿飛散もあった可能性がある。当然、安全確認のため、空気中の石綿を調べる必要がある。市の発注仕様でも、吹き付け石綿などの除去工事では作業場内で作業前・中・後にそれぞれ空気中の石綿を調べることを求めている。 つまり、通常の石綿除去でも実施させている当たり前の安全確認を、飛散事故が起きた保育園でおこたったまま施設の利用再開に踏み切ろうとしているのである。 筆者は市建築保全課に再三にわたって10月11日からの施設の利用再開は遅らせ、きちんと安全確認すべきと求めた。だが市は方針を変えなかった。 市内の石綿除去工事などを大気汚染防止法(大防法)に基づいて監督・指導する権限を持つ市環境対策課に確認したところ、市建築保全課や業者から施設の利用再開に向けた安全確認について問い合わせを受けていなかった。どのような安全確認をすべきか聞いたが、同課からは明確な答えがなかった。 山下技建の山下大輔社長は「工事の認識の甘さもすごくあった。各方面のケアも発注者や保育園と相談しながら誠心誠意対応していこうと考えております」と反省しつつ、「清掃後の確認という意識がなかった。本来私たちが提案すべきだった。今回はじめての対応でどうすべきか経験がなかった」と述べた。 環境中への石綿飛散を規制する大防法を所管する環境省大気環境課に聞いたところ、「一般論として、除去作業がうまくいった現場でないのだから万全を期すべきではないか。できるだけ安全側でやってほしい」と指摘する。 環境省や事業者の反応なども伝えたが、市は「(6日の)空気測定の結果を持って判断して再開という形で予定しています」「安全第一に進めていきたい」などというだけだった。石綿飛散の可能性があり、乳幼児がばく露したかもしれない保育園で安全確認もされないまま施設の利用を再開するなどあってはならない。暴挙というほかない。

 

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