◆問われる組合と区の姿勢
じつは組合側は「事前調査結果報告書・作業計画書共に求めがあれば行政に対しては適切に開示いたします」とも住民側に回答している。閲覧拒否を続ける再開発組合の姿勢は論外だが、公共性の高さを考えれば区が組合側に開示を働きかけるのが当然ではないか。それでも閲覧を拒否するのであれば、区に提出させた後に住民に開示すればよいはずだ。 区は住民との協議の際、再開発組合に「積極的に開示するよう指導していない」(地区整備課)と認めており、問題解決に動く気配がない。改めて区に尋ねたところ、「区が確認して問題ないと伝えているのを信用していただけないならこれ以上対応できない。区長名で回答したとおり、区として問題ないと思っている。しっかり組合に申し入れていただいて、納得いただけないなら再度申し入れたらいいんじゃないですか」(同)と他人事のような回答だった。 住民側は10月12日、改めて区に対して面会協議の継続を申し入れたが、区は「区の考えが十分に伝わりきれていない」「慎重を期して丁寧にお答えしていく必要がある」などの理由で拒否。書面でのやり取りしか受け付けない方針を示した。 東京土建の後藤さんは「以前の回答ではきちんとした説明になっていないから改めて協議を申し込んだのですが……。これまでは区の立ち入り検査に時間を合わせて私たちも現場に行ったりしたのですが、これ以上できませんと断られた。通報してもなかなか現場に来なくなった。まともな対応をするつもりがないのでしょう」とため息をつく。 前出・直近に住む男性は区との協議にも参加しており、帰り道で「ひどい対応だった」と話す。 「いのちの危険、数十年後に病気になるかもしれないという、石綿による健康の不安について質問しても区は現実味がない回答や態度ばかりで、あまり信用できないと思った。もう少し誠実に対応してほしかった」 再開発組合に対してもこう指摘する。 「報告書以外に石綿の有無を確認できるものがない。それを見せないのでは、ほかにどうやって安全性を確認したらいいかわからない。地域住民に対して不誠実だと思います」 男性は目に見えない石綿粉じんへの不安に触れ、こう語った。 「騒音、振動はがまんできるけど、石綿の病気になるかもしれないというのは受け入れられない」 こうした不安を解消するのがリスクコミュニケーションである。その原則に反した対応を再開発組合と板橋区はいつまで続けるつもりなのか。 石綿被害の救済や予防に取り組むNGO「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」の永倉冬史事務局長は「組合側は適切に調査しているというが、その根拠がブラックボックスになってしまっている。これではリスクコミュニケーションの意味がない。石綿の事前調査結果報告書は閲覧させるのが当然です。再開発組合は頑なに拒否しているが、それが通用すると全国どこでも見せなくてよいことになりかねない」と危惧する。 上板橋の再開発事業をめぐる組合と板橋区の対応が全国に悪影響を及ぼしかねない状況なのだ。 日本の石綿規制は欧米などからいまだ「15~30年遅れ」と緩いのが実態だ。法令上は適正でも石綿が飛散していることは珍しくない。だからこそ住民が自ら安全を確認して納得することが重要だ。不適正作業が疑われる工事もあった以上、なおさらだ。 リスクコミュニケーションにより法令より厳しい対策を講じる事例もあるが、この件ではすべてゼロ回答。住民の不安が解消されないまま解体工事が進む。石綿リスクの軽視は被害拡大につながる。大半が税金でまかなわれる公共性の高い再開発事業で、住民の不安を軽視する不誠実な対応は許されない。 【関連写真】上板橋再開発のアスベストめぐる疑惑の数々を示す“証拠”写真など